読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

日銀批判の検証とソロスチャートの正しい解釈

金融

日本銀行の通貨供給が過小だったことがデフレと円高の原因なのだから、日銀が国債を大量に買い入れて通貨供給を増やせばデフレ脱却・円高是正が簡単に実現する、と主張する論者がいます(いわゆるリフレ派に多い)。近年、リフレ派が自説の根拠としてよく示すのが、下のリンク先記事にある二つのグラフです。 

なお、マネタリーベースとは中央銀行が供給する通貨のことで、現金と、銀行等の金融機関が中央銀行に置いている当座預金の合計です。金融機関が現金が必要な際にはこの当座預金から引き出し、逆に、手元の現金が余剰になれば当座預金に預け戻します。日本の2013年1月平均は以下の通りです。

マネタリーベース131.9兆円=現金88.4兆円(67.0%)+日銀当座預金43.5兆円(33.0%)

安達誠司著『円高の正体』では、同様の主張がより詳しくされているので、同書掲載のグラフを参考にしながら、この主張の 当否を検証します。(以下のグラフは私が直近のデータを用いて作成したもので、同書掲載のグラフとまったく同一ではありません)

まずは、上のリンク先記事と同じグラフです。 

  • 『円高の正体』図表8(126ページ)

f:id:prof_nemuro:20130221105622g:plain

  •  『円高の正体』図表7(124ページ) 

f:id:prof_nemuro:20130221114140g:plain

実は、図表7(ソロスチャートと呼ばれています)にはトリックがあります。過去に遡ると、図表9に示す通り、2002年秋~2006年夏(シャドー部) には連動方向が逆転しているのです。これは「日本のマネタリーベース増加→円安」への有力な反証であり、安達も認めています。また、アメリカのマネタリーベースが急増した2008年秋以降の乖離も目立ちます。

  • 『円高の正体』図表9(128ページ) 

f:id:prof_nemuro:20130221115408g:plain

ところで、日銀に当座預金を置いている金融機関は、準備預金制度適用先(銀行等)と非適用先(短資会社、証券会社等)に区分できます。準備預金制度とは、銀行等が受け入れている預金等の一定比率に相当する額(所要準備額)以上を日銀に預けることを義務付ける制度です。準備預金(当座預金)のうち、所要準備額を超える額は超過準備額(俗称:ブタ積み)と言います。日銀当座預金は原則的には無利子なので、超過準備額は銀行にとって「あってもなくても変わらないもの」になります(※1)。2013年1月16日~2月15日の平均残高(速報値)は以下の通りです。

当座預金41.1兆円=所要準備額7.9兆円(7.9%)+超過準備額29.8兆円(72.5%)+非適用先当座預金3.4兆円(8.3%)

安達は、超過準備額は「経済活動にまったく影響していないお金」なので、マネタリーベースそのものではなく、超過準備額を差し引いた額が経済活動への影響を正確に反映すると考え、図表9の修正版(修正ソロスチャート)を作成しています(※2)。

  • 『円高の正体』図表10(132ページ) 

f:id:prof_nemuro:20130221134740g:plain

安達はこの修正ソロスチャートを「超過準備額を差し引いたマネタリーベースを外国よりも積極的に増やせば円安になる」と解釈し、「日銀が断固たる意志を持って銀行の当座預金に通貨を十分に供給し続けると円安になる」と主張しています。

しかし、この主張には矛盾があります。

いくら日銀が銀行の当座預金に通貨を供給しても、家計や企業が銀行預金を引き出して現金化しない限り、マネタリーベースの最大構成要素の現金は増えず(※3)、超過準備額が増えるだけです。超過準備額の増加が円安を引き起こすというのは、「超過準備額を差し引いたマネタリーベースを外国よりも積極的に増やせば円安になる」という主張と矛盾してしまいます。超過準備額増加の為替レート減価効果が小さい(無視できる)ことは、図表9のシャードー部の円安効果の小ささと、2008年秋以降のドル安効果の小ささからも明らかです。図表9によると、日米マネタリーベース比は1ドル=30~40円の超ドル安を示唆しますが、実際は80円前後止まりでした。

修正ソロスチャートが語っているのは、「現金(+所要準備額)が相対的に増えた通貨は減価する」という相関関係ですが、これは次のように解釈できます。

  • 物価水準上昇→現金需要の増加(物価が上昇すれば、経済取引で必要となる現金が増える)
  • 物価水準上昇→為替レート減価(高インフレ通貨は減価しやすい)

つまり、物価水準上昇が現金需要増加(⇒マネタリーベース増加)と為替レート減価の両方を引き起こしているのであり、「超過準備を差し引いたマネタリーベース増加→為替レート減価」に見えるのは因果関係ではなく擬似相関ということです。リフレ派は結論先にありきで、それに合うようにデータ解釈やグラフ作成を恣意的に行っている感が否めません。リフレ派の多くがデフレ脱却・円高是正策として推奨する日銀の量的緩和拡大(国債購入と超過準備額の増加)も、その有効性は乏しいことになります。

デフレ脱却・円高是正を確実なものにするためには、金の流れのうち、上流の日銀→銀行(超過準備額増加)ではなく、下流の銀行→家計・企業(現金需要増加)に焦点を当てる必要があります。具体策は、

  1. 円安→外需増加→内需波及
  2. 財政支出

ですが、どちらも日銀ではなく政府の役割です。特に重要なのが、日銀と政府の協調による円安の実現です。直接円売り介入しないのであれば、政府と日銀が円安を目指しているとのメッセージを市場参加者に送り続けることがポイントです。

日本の円安志向に対しては、内外から批判の声が上がることが予想されますが、円高是正はデフレ脱却と表裏一体の関係にあるので、堂々と反論すればよいだけです。2月20日の参議院予算委員会で、安倍首相は、「日本の進めている金融政策への(外国の国益からの)批判に対し、理論でもって反論できる人物」が日銀総裁にふさわしい、と述べましたが、これは来たるべき円安攻防戦に備えているのかもしれません。

 

追記:関連記事があります。

 

(※1)ただし、日本では2008年11月から時限措置として、超過準備に利息を付す補完当座預金制度が導入されています。現在の適用利率は0.1%です。

(※2)同書の記述では、日本だけ超過準備額を差し引いたように読めますが、アメリカも差し引かなければ図表10のようにはなりません。

(※3)日銀が銀行システム不安を煽って預金者を預金引き出し・現金化に走らせれば可能ですが、デフレ不況脱却という目的からは逸脱します。

 

円高の正体 (光文社新書)

円高の正体 (光文社新書)