Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

「安かろう悪かろう」化する政治と国民の自業自得

長期のデフレの弊害の一つに、日本人の品質と価格のバランス感覚が狂ってしまったことがあります。「より高品質の財・サービスはより高価」という常識が崩れ、「より高品質をより安価で」提供せよ、という要求が平然となされるようになっています。これは「不可能を可能にせよ」にほぼ等しいため、そのような要求に供給者が応えようとすると、どこかに必ず無理が生じます。

ユニクロの柳井会長の「年収100万円でも仕方がない」に代表されるように、経済の分野ではこの無理が深刻化していますが、政治の世界も同様です。

過去十数年間、「政治家は身を削れ」という国民の要求に応えて、国会議員と地方議員の報酬(歳費)や議員年金の削減・廃止が進められました。しかし、それで政治と議員の質が高まったようには見えません。そのため、議員の質に満足できない国民は、さらに議員報酬の削減を要求することになります。まるで議員の質と報酬のデフレスパイラルです。

先日、あるマスコミの記者が「こいつ大丈夫か、というレベルの話しかしない国会議員が増えたように思うがなぜだろうか」と言っていましたが、国民が議員に「安かろう」を求めた結果、「悪かろう」の議員が増えた、ということでしょう。

そもそも議員は落選すれば「ただの失業者」になってしまう高リスクの職種です。そのため、リスクプレミアムを含めた報酬が保証されなければ、政界外で能力を発揮している人はなかなか立候補に踏み切れないはずです。報酬を削っても残るのは以下の四種類です(1~3は重なるケースが多い)。

  1. 議員報酬に頼らなくても生活できる:資産家・会社のオーナー(←河村名古屋市長)
  2. 落選のリスクが小さい:世襲議員
  3. 議員活動を他(あるいは将来)の活動の宣伝に利用する:有名人
  4. 失うものがない:○○チルドレン、○○ガールズなどのよく分からない無名の人々

1~3は社会の上層部のインナーサークルの利益拡大、4は議員になることで一発当てることを志向するのは必然です。議員報酬を削ると、国民の多数を占める中間層の利益を考える政治家が減り、代わりに企業や金持ち階級、あるいは自己の利益を考える政治家が増えるのです。

政治を良くしたいのであれば、政治家だけでなく、そのスタッフにも十分な報酬や待遇を保証することも必要です。政治家には「政策立案能力が低い」「官僚任せ」などの批判が浴びせられますが、有能なスタッフを揃えなければ政策通になれるはずがないことは自明でしょう(大企業の取締役が部下無しで務まるはずがないのと同じ)。

現在、国会議員は国費で公設秘書を3人雇えますが、公設秘書はいつクビにされるか分からない議員以上に不安定な身分です。したがって、官僚と同等以上の能力を持つ優秀な人物を公設秘書として迎え入れるためには、それ相応のリスクプレミアムを含んだ報酬を支払わなければなりません。それにもかかわらず、感情的なアジテーションが目立つのは残念なことです。破壊するだけに終わった文化大革命が想起されます。

gendai.ismedia.jp

「やりたくて政治家をやっているのだから報酬は不要」と政治家批判する怒れる国民もいますが、この理屈はブラック企業のやりがい搾取と同じです。「安く人をこき使いたい」という願望が、多くの日本人をブーメランのように直撃しているわけです。まさに自業自得です。

日本人が政治も「安物買いの銭失い」であることに気付くのはいつになるでしょうか。

追記

マックス・ヴェーバーは、このことを指摘していました。

職業としての政治 (岩波文庫)

職業としての政治 (岩波文庫)

要するに私の言いたいのは、政治関係者、つまり指導者とその部下が、金権制的でない方法で補充されるためには、政治の仕事に携わることによってその人に定期的かつ確実な収入が得られるという、自明の前提が必要だということである。

政治が無産者にもできるためには、そこから報酬の得られることが必要である。