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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

女性手帳バッシャーが見たくない「不都合な真実」

少子化・ジェンダー

内閣府少子化危機突破タスクフォース*1が「結婚・妊娠・出産・育児における課題の解消を目指す」方策の一つとして導入を提案する方針を固めた「生命と女性の手帳」(仮称:以下「女性手帳」と略)が猛烈なバッシングを受けています。

bylines.news.yahoo.co.jp

まだアイデア段階で骨格が固まってもいないにもかかわらず、大きな反響が起こっていることは、女性と出産の問題への関心の高さを示しています。

面白いのは、批判の大半が、論理的というより反射的・感情的に結論に導かれたように(あるいは結論先にありきに)見えることです。人間が必死で非論理的な反論をするのは、得てして見たくない「不都合な真実がある時です。女性手帳バッシャーが言わないことこそ、出生率低下の重要ファクターということなのです。

まず、「なぜ女性だけなのか/男性手帳もないとおかしい」という批判ですが、子供が生まれるにあたって女と男は置き換え可能ではありません。男1人・女10人いれば1年間で子供が10人以上生まれる可能性がありますが、女1人・男10人ではありえません。また、男50歳・女20歳なら子供が生まれる可能性がありますが、女50歳・男20歳ではほぼありえません(精子の劣化は別の話)。ですから、啓発において女性が優先されるのは当然のことです。なんでもかんでも女と男を同じく扱わなければならない、というのは生物学的差異を無視した観念論に過ぎません。そもそも、女性手帳の配布は、男性への啓発が行われないことを意味しません。

報道によると、女性手帳は「30代後半になると妊娠確率が急激に低下する→子供が欲しいなら30代前半までを推奨する」とのメッセージを含むということですが、これは「75歳を超えると老化が急速に進む人が多い」と同様の生物学的事実であり、周知させることが問題になるはずがありません。なぜ生物学的事実を教えることが「少子化は女性の責任」と言わんばかりの政策」(←上のリンク記事)になるのか理解不能です。野田聖子衆議院議員のような「事実を知った時には手遅れ」の無知な女性が減っては困ることでもあるのでしょうか。同じ内容を放送したNHKが糾弾されなかったことも解せません。

「子供を産みたいのなら30歳前半までの成功確率が高いですよ」という情報提供がなぜ「子どもを産む、うまない、何歳で生む、というのは、個人の自由に属する問題であり、国が干渉・介入すべき問題ではない」という批判につながるのかも理解不能です。トレッキングコースのガイドが「暗くなると道に迷いやすいので明るい間に戻ったほうがよいですよ」と登山者にアドバイスしたら、「何時に戻る、というのは、個人の自由に属する問題であり、ガイドが干渉・介入すべき問題ではない」、と非難されるようなものです。現実問題として、危険情報を知らせなかったために登山者が遭難したら、ガイドが非難されると思いますが。

職場で上司が実施したらセクハラに該当」とも言いますが、医師ならセクハラにはならないはずです。ならば、国や自治体の然るべき機関が情報提供しても問題になるはずがありません(現在の母子健康手帳はセクハラではないのでしょうか?)。生物学的事実を語ることまでタブーにしてしまったために、野田議員のような(高学歴なのに)無知な女性が増えてしまったのはないでしょうか。なお、女性の職場進出・empowermentを主張するシェリル・サンドバーグフェイスブックCOO)は、職場で妊娠・出産の話題をタブーにするべきでない、なんでもかんでもセクハラ扱いは間違い、と主張しています。

blogs.wsj.com

独身者や異性愛ではない人たちやトランスジェンダーなどの「生き方や人生の選択に対して無神経であるし、その生き方や想いを否定するようなものである」も理解不能です。この理屈なら、「健康のために日光を浴びよう」は色素性乾皮症(XP)患者を否定、「栄養豊富な○○を食べよう」は○○アレルギー患者を否定、「健康維持のために体を動かそう」は運動嫌いの人を否定、禁煙の勧めは愛煙家の生き方や想いを否定するようなものになってしまいます。ほとんど「国家安康」並みの難癖被害妄想としか言いようがありません。下のリンク記事などその典型です。

getnews.jp

男女ともに若い世代が抱える将来不安と貧困を解消しない限り、子どもを産むのは難しく、雇用と貧困をめぐる状況を解決しないといけない」については間違ってはいません。しかし、これはこれで対処すればよいのであり、「30代後半になると妊娠確率が急低下する」という情報提供をすべきではない、という理由にはなりません。情報提供が出生率引き上げに十分ではないことは、必要でないことを意味しません。

伊藤をはじめとする女性手帳バッシャーの多くは、若者が産みたくても産めない環境に置かれていることが出生率低下の主因なので、政府が「ヨーロッパ並みの従事(引用者注:充実の誤り?)した子育て支援少子化対策を包括的に手厚く実施」すれば出生率は十分な水準に回復するはず、と暗に主張しているように聞こえます。つまり、出生率を低下させている

  1. 晩婚化・非婚化
  2. 夫婦の出生率低下

のどちらもが政府の責任、ということですが果たしてそうでしょうか。事はそう単純ではありません。特に重要なのが晩婚化・非婚化の背景にある「女性の地位の上昇」です。

下のグラフから、晩婚化・未婚化が1980年代後半からの現象で、出生率低下の主因であることが見て取れます。(結婚が出産の前提なら、晩婚化は出産可能期間の短縮→出生率低下を引き起こします。「在学期間が延びる→結婚時期が遅くなる」や「職業でのキャリア志向が強まる→結婚を後回しにする」もあります。)

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この晩婚化・非婚化の主因が、経済環境の悪化ではなく、女性の地位の上昇であることは人口学の定説です(女性の地位が上昇した国に共通する現象)。

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女性が結婚相手を選ぶにあたっては、自分の教育水準(学歴)や経済力を基準にしますが、そうすると、「女性の地位が上昇→女性の男性への要求水準が高まる→女性の要求水準を満たさない男性が増える→結婚相手を見つけられない男女が増える」ということになってしまいます(1980年代後半以降に生まれた世代では、2~3割弱が生涯未婚と推計されています)。未婚化を反転させるためには、女性が高望みを諦める必要があるということです。出生率低下の核心である「女性の高望み→非婚化→出生率低下」に口を噤んだまま、すべて政府の責任であるかのように批判するのはフェアな建設的議論とは言えません(政府が女性の地位向上に努めた結果が出生率低下とも言えます)。

アメリカでも、フェミニスト生物学的制約を「女性を束縛する社会的制約」と同一視・敵視して、「出産年齢に制約は存在しなくなった→高齢出産無問題」とプロパガンダを喧伝してきたことが、高齢出産に伴う諸問題を引き起こしていることが問題になってきています。妊娠・出産はあくまでも生物学的なことであり、イデオロギー(一種の革命思想)とは切り離して事実を男女双方に周知することが必要でしょう。

online.wsj.com

jp.wsj.com

同医師は「42歳の女性が訪れ『わたしはなぜ妊娠しないのでしょうか』と問われ、『申し訳ないのですが、科学的なことです。42歳だと28歳の時より卵子が少ないし、老化もしています。この段階だと、不妊の専門家と話す必要があるでしょう』と言った」という。すると、一部の患者は敵意を見せ、同医師を信じてくれなかったそうだ。こういった患者が再び同医師を受診することはないのだという。

www.newrepublic.com

news.mynavi.jp

それにしても、「子供が欲しいなら、35歳を過ぎると確率が低下することを考慮して」というメッセージを、「国が女性に子供を産むことを強制している」「産む・産まない・何歳で産むかという個人の自由に干渉・介入しようとしている」と歪めて受け取る非論理的な人々が相当数いるのは困ったことです。イデオロギーに毒されると、生物学的制約は個人が自由にできないという当たり前のことまで平気で否定できるようになるのでしょう(参考:ルイセンコ論争)。

以上は女性手帳バッシングの非論理性を指摘したものであり、女性手帳に賛成することを意味しないこと、また、女性の高望みを批判するものではない(要求水準を下げるより独身を選ぶのも個人の自由なので)ことを付け加えておきます。

長くなったので、国家が干渉・介入しているにもかかわらず批判されない「不都合な真実」については別記事で。

woman.mynavi.jp

産みたいのに産めない 卵子老化の衝撃

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卵子老化の真実 (文春新書)

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本当は怖い高齢出産 妊婦の4人に1人が35歳以上の時代

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*1:タスクフォースの目的は、「これからの若い世代が家族を形成し、子育てに伴う喜びを実感できると同時に子どもたちにとってもより良い社会を実現するため、結婚・妊娠・出産・育児における課題の解消を目指すとともに、家族を中心に置きつつ、地域全体で子育てを支援していく取組の推進等について検討を行う」ことです。