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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

日本銀行批判が不適切な二つの理由~大恐慌の教訓

金融

7/15【リフレと永久革命と誠意大将軍】の続きです。

リフレ派が「中央銀行がマネタリーベース供給額を増やせばデフレ不況から脱却できる」という自説を裏付ける実例とするのがアメリカの大恐慌です。当時の金本位制では金を裏付け資産としてマネタリーベースを供給していたため、金価格が上昇すればマネタリーベース供給額を増やせます。1933年4月にルーズベルト大統領が金の変動価格移行を宣言すると(最終的に1.7倍に上昇)、インフレ率は-10%から+5%に急上昇し、マネタリーベースの伸び率も高まりました。リフレ派はこれを「中央銀行がマネタリーベース供給額を増やせばデフレ不況から脱却できる」証拠としているわけです。

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しかし、これは因果関係を誤って解釈していることを大恐慌の先行研究が示しています。 

Temin and Wigmore (1990) "The End of One Big Deflation" では

The key to this change was Roosevelt's devalutaion of the dollar and the resulting rise in farm prices and incomes. … The devalution of the dollar was the single biggest signal that the iron grip of the gold standard had been broken. 

と、ドルの金に対する減価(-41%)が最も重要であると結論しています。金価格の1.7倍の上昇=ドルの減価→為替レート減価→農産物価格上昇→農業収入増加*1がインフレ(心理の醸成)と需要増加を引き起こし、その結果としてマネタリーベースが増えたのです。

6/24【10年前の岩田・黒田論法と「次元の違う金融緩和」の弱点検証】で引用した吉川が

長期的な不況、深刻な不況が終わってみれば、結局マネーが伸びていて、それで直っていた、そう見えるというのは何の不思議でもないです。因果性が逆なんです。経済が立ち直ったからマネーも結果的には伸びているのです。

と指摘するように、因果関係は「金価格上昇&為替レート減価→需要増加→マネー増加」であり、「マネタリーベース増加→需要増加」ではないということです。

 ポール・クルーグマン山形浩生訳・解説『さっさと不況を終わらせろ』では、 

[p.277~278]

2000年に、ある有力なプリンストン大学の教授が、日本銀行がもっと強い行動を採らないといって厳しく批判する論文を刊行した。<中略>その教授の名前は、一部の読者はもうおわかりだろうが、ベン・バーナンキと言って、今はFRBを率いている人物だ<中略>当時のバーナンキ教授は、短期金利が「ゼロ下限」に貼り付いていても、金融当局がとれて有効性を持つ方策が他にもあると論じていた。そうした方策としては以下のようなものがあった。

  • 新しく刷ったお金を使い「非伝統的」な資産、たとえば長期債や民間債権を買う

<中略>

  • 外国為替市場に介入して通貨の価値を低く抑え、輸出部門を強化する

<中略>

 バーナンキは、こうした政策のどれも成長と雇用に本当のプラスの影響を持つという経済学的な分析と証拠が大量にあることを指摘した(インフレ目標のアイデアは、実はこのぼくが1998年に発表した論文からきたものだ)。また、細かいところはおそらくあまり重要ではなくて、本当に必要とされているのは「ルーズベルト的な決意」なのだと論じた。つまり、「過激で実験的になる意欲、国を再び動かすために必要なことはなんでもやるという意欲」が必要なんだ、と。

 残念ながら、バーナンキ議長はバーナンキ教授の助言に従わなかった。<中略>必要なことはなんでもやるというルーズベルト的な決意を示すものはない

と、バーナンキの日銀批判論文を紹介していますが、その論文でも大恐慌脱却に最も効果的だったのは通貨の減価だったと結論されています(もう一つは銀行システム健全化=日本は完了済み)。 

Needed: Rooseveltian Resolve 

 Franklin D. Roosevelt was elected President of the United States in 1932 with the mandate to get the country out of the Depression. In the end, the most effective actions he took were the same that Japan needs to take—namely, rehabilitation of the banking system and devaluation of the currency to promote monetary easing. But Roosevelt’s specific policy actions were, I think, less important than his willingness to be aggressive and to experiment—in short, to do whatever was necessary to get the country moving again. Many of his policies did not work as intended, but in the end FDR deserves great credit for having the courage to abandon failed paradigms and to do what needed to be done. 

 Japan is not in a Great Depression by any means, but its economy has operated below potential for nearly a decade. Nor is it by any means clear that recovery is imminent. Policy options exist that could greatly reduce these losses. Why isn’t more happening? To this outsider, at least, Japanese monetary policy seems paralyzed, with a paralysis that is largely self-induced. Most striking is the apparent unwillingness of the monetary authorities to experiment, to try anything that isn’t absolutely guaranteed to work. Perhaps it’s time for some Rooseveltian resolve in Japan

クルーグマンや日本のリフレ派の日銀批判には二つの問題点があります。

一つは、大恐慌研究が示しているのは通貨の価格すなわち為替レート減価の重要性・有効性であることを無視して、マネタリーベースの量こそ重要と主張していることです。これは、7/15【リフレと永久革命と誠意大将軍】の最後で触れた、クルーグマンのマネーに関する根本的な誤解と関係があるので、別記事【日銀理論は地動説、世界標準理論は天動説】で説明しています。

もう一つは、ルーズベルトの役割を日銀に求めていることです。金本位制の変更・停止に匹敵する金融政策のレジームチェンジは政治の役割であり、中央銀行の領分を超えています。英国でも大恐慌期にはイングランド銀行から財務省に金融政策の主導権が移っていました。日銀批判は政府が中央銀行に責任転嫁することの正当化に他なりません。

ルーズベルト大統領に相当するのは内閣総理大臣なので、日銀ではなく総理大臣を批判しなければ筋が通りません。本来なら政府に向けられるべき批判を15年以上も浴び続けてきた日銀にとってはとんだ災難です。総理大臣が示した決意に日銀が全面協力する、というのがあるべき姿でしょう(日銀の政策に問題がなかったというわけではありません)。

デフレ脱却と円高是正に日銀に協力を求めた安倍総理大臣が示した不退転の決意こそ「ルーズベルト的決意」なのです。 


FDR Ends Gold Standard in 1933 - YouTube

安倍内閣総理大臣就任記者会見 - YouTube

6:28~

強い経済は、日本の国力の源であります。強い経済の再生なくして財政再建も日本の将来もありません。長引くデフレによって、額に汗して働く人たちの手取りが減っています。歴史的な円高によって、国内で歯を食いしばって頑張っている輸出企業もだんだん空洞化しています。強い経済を取り戻す、これはまさに喫緊の課題であります。 

本当に日本銀行が悪いのか

本当に日本銀行が悪いのか

さっさと不況を終わらせろ

さっさと不況を終わらせろ

さっさと不況を終わらせろ

さっさと不況を終わらせろ

*1:1933年には生産活動従事者の22%は農業でした。