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エマニュエル・トッド『最後の転落』に見るソ連と日本の共通点

7/12【ソ連を滅ぼした『シベリアの呪い』】では、寒冷地のシベリア開発がソビエト連邦を発展ではなく衰退に導いた、という説を紹介しましたが、ソ連崩壊を論じる際に欠かせないのがエマニュエル・トッドの『最後の転落』です。

最後の転落 〔ソ連崩壊のシナリオ〕

最後の転落 〔ソ連崩壊のシナリオ〕

「シベリアの呪い」そのものではありませんが、人口分散政策が経済的重荷になることを指摘しています。

[p.299~300]

ロイ・メドヴェージェフの著作『社会民主主義』の中に、ソ連人がモスクワに居を構えることを妨げる諸規則の概要がみられる。これらの規則の目的は、統制不可能な運動によって政治権力の安定性を危険に陥れることになるかも知れない、都市への大量の人口集中を防ぐことにある。[中略]そして彼らは、権力メカニズムは中央集権化されながら、人間集団は脱中央集権化され地方に分散された国を作り上げることに成功した。お見事! もちろん、こうした社会学的・抑圧的偉業には支払うべき経済的代償が伴う。人口50万人から100万人の都市を不断に設置して行くのは、えらく資金がかかることである。何しろ、小さな都市が成長するには、多数の基本的インフラの設置が必要となるからだ。地方に分散配置されたソ連人が、経済的出費のつけを払っていることになる。

1990年の新版ではソ連崩壊のモデルが以下のように要約されていますが、信じ難いほど正確な洞察です。

[p.26]

  • ソ連経済は1975年前後にゼロ成長の段階に達した。そこで市民の生活水準の退行が始まるが、その最初の兆候は、軍事的拡大によって覆い隠されることになる。
  • それと同時進行的に、西側諸国は華々しい経済成長を遂げ、ソヴィエト・システムにとって、逆立ちしても追いつけない競争相手となって行く。
  • ノメンクラトゥーラは、共産圏への西側社会モデルの浸透に独特の役割を果たすようになる。
  • ソ連の新階級(ノメンクラトゥーラ)は、全面的中央集権化の失敗を認め、経済と社会の改革を進めなければ爆発が起こる、というところに追い込まれる。
  • 共産主義システムの改革が行われるが、それは帝政ロシアが築いた中央集権体制の土台を破壊し、ソ連邦の周辺部諸共和国が持っていた遠心的傾向を解き放つことにしかならない。

驚異的なのは、ソ連を訪問したこともない25歳の青年が1976年にこれを書いていたことです。翻訳者の石崎晴己は「25歳で『最後の転落』を書くことができるのは、天才でなければならない」と言っていますが、まったく同感です。

同書の分析対象はソ連の社会・経済システムですが、現在の日本にも当てはまる指摘があるので、特に重要な二点を紹介します。

一つ目は、5/29【賃上げは従業員のためならず】などで解説した賃上げの必要性です。日本に限らず多くの国の経済が不調に陥っている原因の一つに、所得格差の拡大のために国内消費の堅調な伸びが妨げられていることが指摘されています。トッドは「全体主義や総力戦が国民の一体感を高めた→付加価値を資本と労働で分かち合うという意識の醸成*1」が第二次大戦後の西側諸国の経済発展の根源にあったと分析しています。

[p.36~37

ブルジョワジーの愚かな言動は、ケインズの出現とともに、いきなり収束することになった。[中略]ケインズ理論の主たる帰結は、もちろん景気後退期における国家による投資であるが、それより目に付きにくいが構造に関わるものだけにより重要な帰結は、自国の労働者階級を豊かにすることが得策であるという考えを西側ブルジョワジーが受け入れた、ということである。経済発展期における労働者の賃金の持続的上昇は、消費の規則正しい上昇をもたらし、それが生産の総体を吸収する。[中略]第二次大戦後の西側諸国の経済発展の根源は、このことの自覚にある。ケインズがその理論を発表したのは1936年であるが、ブルジョワジーの心性をその偏見から解放したのは、ナチズムと第二次大戦の経験であったことは、認めなくてはならない。

4/23【ユニクロの世界同一賃金と日本の総ブラック化】の例のように、経営者が労働者を酷使・搾取の対象と見なすようでは日本の先行きは暗いでしょう。

もう一つは高齢化の弊害です。人間は高齢化とともに精神が保守化する傾向にあるため、組織の頂点が高齢者で占められると、大胆な改革が困難になります。高齢者が頂点を占める組織は「知力に優れた者」を排除するため、改革をしようにも凡庸な人材しか残っていないことも問題です。年功色の強い日本社会が高齢化すれば、知力に優れた者の活躍の場がなくなりかねません。

「日本は第一の開国(明治維新)と第二の開国(敗戦・民主化)を成功させたのだから第三の開国も成功する」と言う論者が多いようですが、第一の開国と第二の開国さらには最初のウェスタン・インパクトの戦国時代の日本は高齢化していなかった点で現在とは決定的に異なることの認識が必要です。

 [p.244~247]

1975年に西側の新聞は、クレムリンの指導者たちが老齢の紳士となっていたことを発見した。ブレジネフは70歳に近づきつつあり、コスイギンは72歳だった。この老化現象は当然の成り行きであり、年功序列と序列上位者への服従を昇進の判断基準とするお役所化されたシステムによって構造的に誘発されたものに他ならない。

[中略]

官僚制的採用方式のせいで、想像力なき責任者の選定がほとんど保障されているのだ。

この採用方式は、最低レベルに合わせた均等化という効果をもたらす。[「最低レベル」とまで言ってしまうと公正を欠くから]平均以下のレベルに合わせた、と言っておこう。[中略]官僚制巨大組織は「回転する」ために作られており、改革するために作られているのではない。それゆえ、指導者たちの創造力の欠如は完全に正常な現象なのである。

[中略]

凡庸な者がソヴィエトの様々なヒエラルキーの頂点に頭角を現すのも、当然のことなのだ。知力に優れた者は規律と組織の長への服従とに嫌気がさしてやる気を失ってしまうからである。

天才の思考の道筋が辿れる貴重な本なので、一読をお勧めします。 

 

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*1:西側先進国で国民皆保険などの社会保障制度の整備が進んだのもこのためです。白人の黒人差別意識が国民的一体感を上回ったアメリカはその例外です。