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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

通貨をいくらでも発行できることを忘れた政府(歌を忘れたカナリヤ?)

財政・国債 金融

8/9【政府の負債という「幽霊」を恐れる愚】の内容を理解するためには、通貨制度を原点に遡って考えることが有効です。

通貨の主な役割は支払(決済)手段なので、将来においても支払手段として通用するという信頼があれば、それ自体は無価値(no intrinsic value)でも構いません*1。このような信頼を提供できるのは国家権力だけなので、国家権力は通貨発行と不可分になります*2。政府が発行する場合(例:徳川幕府ローマ帝国)と、政府が許可した銀行(後の中央銀行)が発行する場合(例:イングランド銀行)の二通りありますが、どちらも究極的な通貨発行者は政府=国家権力です。後者は政府の一部を「特殊法人」にして部門別会計にしたようなものなので、本質的な違いはありません。

仮に政府が資金不足に陥っても、前者では政府が通貨を発行(昔なら貨幣を鋳造)すれば、後者では中央銀行が通貨を発行して政府に貸し付ければ不足は解消します。後者では政府の負債が増えますが、中央銀行は広義の政府の一部と見做せるので、連結すれば政府の負債は銀行の資産と相殺されて消滅します。政府の債務負担が増えることにはならないということです。「打ち出の小槌」を持つ政府が資金不足を懸念することはないのです。アメリカで政府の歳入不足解消のアイデアとして話題になった「1兆ドルコイン」はこの考えに基づいています。

ゲーテの『ファウスト』第二部では、悪魔メフィストフェレスが皇帝が署名した紙片を大量に複製して紙幣として流通させることで財政難と不景気を一挙に解決するエピソードがありますが、紙片が通貨として通用するのは、皇帝の署名=国家権力の裏付けがあるためです。逆に、国家権力の裏付けがあれば、政府はいくらでも通貨を発行して需要不足を解消できるのです*3。ビンスヴァンガーはゲーテがこれを錬金術の一種と見做していたことを論証しています。(以下、強調は引用者)

金(かね)と魔術―『ファウスト』と近代経済 (叢書・ウニベルシタス)

金(かね)と魔術―『ファウスト』と近代経済 (叢書・ウニベルシタス)

[p.23]

ファウスト錬金術的プロセスの出発点は紙幣をつくる計画である。この計画は、メフィストーフェレスというよりもむしろファウストが皇帝に提案し、皇帝を金づまりから救い出そうというものである。それは地中に埋蔵された金銀財宝を「担保」とし、そしてまた皇帝の署名によって合法化される紙幣の発行の計画である。この計画は成功する。すなわち、誰もが紙幣――あるいは「ファウスト」劇でかつて一般に言われていた表現では紙片――を貨幣として喜んで受けとり、そして皇帝は借金から解放されるのである。この貨幣の造幣ははっきりと「錬金術Chymisterei」――Alchemieの別名――と解されている。

このロジックが直感的に受け入れ難いのは、エネルギー保存則に反するためかもしれませんが、そもそも通貨は人間の約束事に過ぎないので、エネルギー保存則の制約を免れています。

[p.58] 

しかし、何と言っても、エネルギー保存の法則は変わりがない。熱力学第一法則は物理学の領域ではくつがえされない。しかし、このことは――今ここではこのことが問題なのだが――経済的な意味での価値の創造ということには当てはまらない。経済上の成果はキログラムやカロリーで計られるものではなく、貨幣ではかられるのである。貨幣が多く経済に流れ込んでくればくるだけ、また物がいっそう多く貨幣価値に変換され、したがって物が貨幣領域へと引き上げられて行けば行くだけ、価値の創造がそれだけいっそう大きくなってくる。この意味において、人間は実際に造物主〔デミウルゴス〕の能力をもっている。貨幣は人間がみずから造るものである。すなわち貨幣は自然が造ったものではない。したがって、人間は貨幣や貨幣の価値を「増やす」こともできるわけである。

通貨は究極的には国家権力の産物なので、いざとなれば政府は直接あるいは中央銀行を使って通貨を必要なだけ発行できます。政府はいつでも負債を完済できるということです(完済する必要はありませんが)。

[p.181~182] 

ビッシュはローが17世紀の初めにフランスで行った紙幣の実験のことについても述べている。この実験は、一般に解されているように、『ファウスト』第二部第一幕の紙幣の場のための最も重要な手本となっている。ビッシュはこう書いている。「ローは自分の銀行を――もし妨害された点を問題にしなければ――確かに素晴らしい計画に従ってきちんと整備したとき、当時の通貨で20億リーブルを紙幣に変え、それでもってその銀行は、今や王の唯一の債権者となり、王が国中に負っていたすべての負債を支払った金利は一気に5パーセントから2パーセントへと下がった。国中の企業が繁栄し、そして全国民のすべてが満足した。」

ビッシュはローの実験のやりすぎを非難したが、しかし、紙幣を適度に発行することは経済にとっては絶対に利点があると見ていたのであった。

しかし、ゲーテにとっては、ローの実験よりも、イギリスが銀行券を発行し続けることによって得たその経験の方が重要なことであった。 

「イギリスの経験」とは、1694年にイングランド銀行を創設して強大な資金調達力(打ち出の小槌)を手に入れたことが大英帝国繁栄につながったことを指します*4

イギリス 繁栄のあとさき

イギリス 繁栄のあとさき

[p.20~21]

17、18世紀のヨーロッパでは、イギリスとフランスが世界商業の主導権を争って、断続的に戦争を展開した。いわば、その終点に「イギリスのヘゲモニー」があったということができる。

[中略]

実際に 戦争の帰趨を決めた大きな要素は、早急に大量の戦費を確保できるかどうか、にかかっていたと思われる。当時の戦闘のかなりの部分が、雇い兵によって担われたことからすれば、なおさらである。この点で、17世紀末に、東インド会社や南海会社とならぶ国債引き受け機関として、イングランド銀行を設立し、戦時国債を容易に発行しえたイギリスは、圧倒的に優位に立ったのである。経済史上、「イギリス財政革命」として知られている現象である。

Banker to Government 

The 18th century was a period dominated by governmental demand on the Bank for finance: the National Debt grew from £12 million in 1700 to £850 million by 1815, the year of Napoleon's defeat at Waterloo. Reliance by government on the Bank had developed to such an extent that at the renewal of the Charter in 1781 the Prime Minister, Lord North, described the Bank as "from long habit and usage of many years………a part of the constitution", and that it was "………to all important purposes the public exchequer". North went on to explain that "……..all the money business of the Exchequer" was "done at the Bank, and as experiences had proved, with much greater advantage to the public, then when it had formerly been done at the Exchequer."

このように、歴史を遡れば政府が必要なだけ通貨発行できることは明らかなのですが、現在の通貨制度では中央銀行が発行する現金通貨よりも民間銀行が発行する預金のほうがはるかに多くなっているために話が難しくなってきます。

A credit-based economy

One particularly significant development around this time lay in the perception of credit or 'imaginary money' as it was then called. It represented a fundamental and distinctive principle in the new thinking that was so prevalent during this age of ideas and experiments. Projectors had begun to recognise the existence of an untapped source of assets, albeit non-metallic, such as stocks of merchandise, tax receipts, revenues on land and commercial obligations, against which 'credit' or 'imaginary money' could be raised. Credit could be, they argued, the seed corn of wealth. But what was the money? To the man in the street, money simply meant coins, but the new thinking was overturning that Shibboleth: it was suggesting that money could take other forms which would have no intrinsic value and yet still possess qualities to enable it to be used to make payments thereby fuelling and lubricating the economy. It was inevitable, therefore, that when theory became practice and the funded National Debt was born that crucial element, paper money, almost simultaneously completed the equation.

次回は、政府が「打ち出の小槌」を保有していることが忘れられた背景に、民間銀行による預金の発行の拡大があったことを解説する予定です。

 

追記:より現実的な説明は9/8【国債がデフォルトしないことの常識的な説明】で行っています。

*1:信頼が不足すると、無価値の通貨の受け取りが忌避されるため、通貨それ自体に価値が求められるようになります。含有する金銀の価値を額面価値とした金貨や銀貨がその実例です。

*2:NHKのBS歴史館「龍馬のラストメッセージ~暗殺直前!幻の国家プラン~」によると、坂本龍馬は朝廷が貨幣鋳造権を幕府から奪取すれば、権力の移行を容易に達成できると考えていたそうです。卓見です。

*3:供給力=潜在GDPに比して過剰に発行すれば当然インフレになります。現在の日本は依然として需要不足の状態なので、国債増発による通貨発行余地があります。国債は過剰ではないということです。

*4:現代のような不換紙幣ではないので時々問題は生じましたが。