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大恐慌における金融政策のレジーム転換と量的・質的金融緩和の比較

9/25【デフレ不況からの確実な脱却:ニューディール・高橋財政・アベノミクス】の続きです。

アメリカの大恐慌などの研究に基づいたと称する「デフレ不況脱却には金融政策のレジーム転換、具体的にはインフレターゲット+無制限の長期国債買いオペが有効」という主張があります。

(3)リフレ政策とは(元々は)『インフレターゲット+無制限の長期国債買いオペ』を意味する(ただし、無制限の長期国債買いオペはデフレから脱却するまでの限定された期間に実施されるだけ)、(4)デフレから脱却するには「中央銀行に新しい政策ルールを与えてやる必要がある(つまり、日銀法改正を通じた政策レジームの変化)」が必要

4/4の日本銀行の量的・質的金融緩和(次元の違う金融緩和)は、この主張を実行に移したものと言えます。

しかしながら、Temin and Wigmore (1990) “The End of One Big Deflation”や当時の資料は、大恐慌からの脱却に成功した金融政策のレジーム転換が「インフレターゲット+無制限の長期国債買いオペ」に相当するものではなかったことを示しています。

インフレ転換のカギを握っていたのが、物価下落が著しかった農産物です。農産物価格指数は、金本位制が停止される1933年4月の前月には、29年より60%も下落していました。 

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国際市況品を多く含む農産物は、ドル高が国内価格下落に直結します(1931年9月の英国の金本位制離脱→ポンド安・ドル高)。逆に、ドル安は国内価格を確実に上昇させます。 

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金本位制停止→ドル急落→農産物価格急騰=農家収入急増→他の財・サービスに波及、が1933年の急回復の実態でした。(以下、強調は引用者)

The devalutaion of the dollar was the single biggest signal that the deflationary policies implied by adherence to the gold standard had been abandoned, that the iron grip of the gold standard had been broken. Devalution had effects on prices and production throughout the economy, especially on farm and commodities prices, not simply on exports and imports. It sent a general message to all industries because it marked a change in direction for government policies and for prices in general.

The act with the most immediate impact was devaluation. Roosevelt restricted gold transactions in March and began to devalue the dollar in April. This devaluation was a primary stimulus for the industrial expansion of 1933 through its impact on farm prices

重要なことは、金とドルの交換が停止されても、金が価値の基準という意識がアメリカ国民には残っていたことです(1933年までは金と交換できる金証券が紙幣の一種として流通していました)。金価格の上昇は、物価全般の上昇を国民に連想させるということです。

また、金価格上昇は金本位制の国の通貨に対するドル安に直結します。金価格上昇の絶大なリフレーション効果に気付いたルーズベルト大統領は金の高値誘導を始め、1934年2月には金本位制時代の1.7倍の水準で固定しました。

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デフレを一挙に反転させたニューディールの「第一の矢」は金価格ターゲット(→ドル安)だったということです。

The value of the dollar had become a key index of the Roosevelt administraion's commitment to its new policy regime.

近年では、大恐慌からの回復の大部分は金融緩和(インフレ率上昇→実質金利低下→資金需要増加)によるもので、財政政策の寄与は小さい、という見方が主流になっています。しかし、実際には「第一の矢」の金価格引き上げと関係した財政政策が重要な役割を果たしていたことがデータから示されます。

1934年に入ると、金の海外からの流入増大(←資本流入+貿易黒字)と金価格引き上げによって、アメリカの金保有額は急激に伸び始めました*1

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金保有の増加は、財務省の金証券発行→連邦準備銀行の金証券買い入れ→財務省のドル調達、による財政支出を可能にします。財政支出は非金融部門のマネー(マネーサプライ)と銀行預金の増加につながります。

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下のグラフは、連邦準備制度加盟銀行の預金(インターバンク預金、政府預金、郵便預金を除く)の増加が、主に政府向け債権と連邦準備銀行への預け金の増加に対応していたことを示しています。貸出の本格的増加は40年後半からです。

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連邦準備銀行のバランスシートでは、準備預金の増加に対応して金証券が激増していますが、国債は1933年の後半以降増加していません。31~33年末の増加も17億ドルにとどまっています。

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実体経済の拡大に必要なマネーサプライ増加の多くが財務省の金証券発行(←金価格引き上げ×海外からの金流入)によるものだったということです*2。「第二の矢」の財政出動は、海外から流入する金が支えていたことになります。

以上より、アメリカの大恐慌からの脱却は、①1933~34年の金価格ターゲット(ドル安)、②34年以降は金証券・銀証券・国債発行を財源とする財政出動とそれに伴うマネーサプライ増加*3によるものだったと言えます。どちらも政府(主に財務省)が主導、連邦準備銀行がサポート(受動的)の構図であることが重要です。

日本の昭和恐慌でも、①1931年12月の金本位制停止・円急落、②32年以降の財政出動(日銀が国債をいったん直接引受→市場で売却)によって短期間で景気回復を果たしています。

1931年9月に金本位制を停止した英国も、財務省主導のポンド安政策等で回復しています。

[T]he Treasury adopted a policy of exchange-rate targets that entailed a large devaluation first pegging the pound against the dollar at 3.40 and then against the French franc at 77 (Howson 1980), intervening in the market through the Exchange Equalisation Account set up in the summer of 1932 (see Table 2).

A key aspect was that the Treasury under Chamberlain, rather than the Bank of England under Montagu Norman, ran monetary policy after the exit from the gold standard.

First, and most obvious is that when at the zero-lower-bound, conventional inflation-targeting by an independent central bank may not be the appropriate framework for monetary policy.

1930年代の日米英の経験を現代日本に当てはめると、

  1. 大幅な円安(水準へのコミットメント付)と
  2. 財政出動(財源は国債)を
  3. 政府主導で行う(日銀は低金利維持・資金供給でサポート)

ことが、速やかなデフレ脱却・成長回復に効果的という政策的インプリケーションが導かれます。*4

1.ですが、昨年11月の衆議院解散から安倍政権誕生→金融緩和期待で進んだ円安は、4月の量的・質的金融緩和で材料出尽くしとなったためか進行が止まっています。下のグラフは、昨年10月(解散決定の前月)と1930年代の日米英の金本位制停止の前月を基準月として重ね合わせたものですが、1ドル=110円を超える円安が望ましいことが示唆されます。これは、以前の記事での分析と整合的です。

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Svenssonは“foolproof way”(確実なデフレ脱却策)として「明らかに割安な円安水準を目標に無制限介入する」ことを提案しましたが、現在の1ドル=100円は「明らかな円安水準」には程遠く、リフレ効果はあるものの、中途半端にとどまっていると言えます。

2.の財政出動では、第二の矢・機動的な財政政策で10兆円規模の経済対策が打たれましたが、来年4月には消費税率引き上げが予定されるなど、先行きは不透明です。早まった財政出動の縮小で景気後退を招いた37年のアメリカ(あるいは97年の日本)の轍を踏むことが懸念されます。なお、国債増発→暴落は杞憂です。

3.では、日銀の金融緩和への過度の期待が懸念されます。1930年代の日米英の金融政策のレジーム転換が成功したのは、「為替レートの大幅減価(へのコミットメント)→インフレ率急上昇→実質金利低下」のトランスミッションメカニズムが存在したからですが、「インフレターゲット+無制限の長期国債買いオペ」には明確なトランスミッションメカニズムは存在しません。日銀の力の過大評価が、政府の行動を過少にしていまうことが懸念されます。

それにしても、1930年代の金融政策のレジーム転換から、どうして日銀批判や「インフレターゲット+無制限の長期国債買いオペ」が導かれるのか不思議です。

FDR on mortgages, gold, reflation, and labor ...

*1:1934年のGold Reserve Act of 1934では、連邦準備銀行が保有する金を1オンス20.67ドルで財務省に移管→翌日に金価格を35ドルに引き上げ→財務省が28億ドルを“調達”しました。

*2:マネーサプライ増加は、金融政策ではなく財政政策の結果ということ。

*3:財務省が金融資産を新規供給→市中銀行と連邦準備銀行がマネーと交換

*4:これに近い実例が、2003~04年の円高阻止為替介入です。溝口財務官による総額35兆円の円売り介入を、福井日銀が量的緩和増額・ゼロ金利維持でサポートすることで、市場の円高予想を打ち砕き、05~07年の円安ブーム・史上最長の景気拡大が実現されました。これをスケールアップすれば、デフレ不況から確実に脱却できます。