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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

「日銀理論」批判記事の検証

「日銀理論」批判記事を検証します。(強調は引用者)

 ところで、なぜ日銀は、いかにも奇妙な「日銀理論」に固執していたのだろうか。

 その理由は極めて簡単である。日銀は短期金利もコントロールできるし、マネタリーベースの供給もコントロールできる。しかし、この両方を同時にはコントロールできないからである。

  つまり、日銀が適正と考える短期金利を維持しようとすれば、マネタリーベースの需要はその時々の経済・金融情勢に応じて変化するため、供給量は大きく振れざるを得ない。逆に、日銀が適正と考えるマネタリーベース供給量を維持すれば、短期金利はやはり経済・金融情勢に応じて大きく動くので、コントロールできないのだ。

 そして、日銀は伝統的に、「量」よりも「金利」をコントロールすべきであるという立場を取っていた。だから、日銀が適正と考える金利を維持しようとするために、マネタリーベースをコントロールできなかったのである。従って、「日銀はマネタリーベースをコントロールできない」という奇妙な「理論」は、日銀の立場を前提とする限りにおいては正しいかもしれない。しかし、学問上の、少なくとも世間の常識とは著しくかけ離れた論理といえよう。だから、日銀マンである翁が「日銀理論」を主張し続けたのは、一応は理解できる。しかし、いくら日銀に取り込まれていたとはいえ、本来は学界の住人であるはずの植田までが同じような主張をしたことは理解に苦しむ。学問的誠実さに欠けていたのか、あるいは心底、あの奇妙な「理論」を認めていたのか、それとも小宮が提示した単純明快な論理を理解できていなかっただけなのか。

川北は日本銀行の「金利」コントロールを痛烈に批判していますが、金利コントロールは世界の中央銀行の常識です。

その理由は、

  1. 銀行が“reserves first”ではなく“loans first”であること、すなわち、銀行は短期金融市場で準備預金を調達してから貸し出すのではなく、貸し出した後で必要な準備預金を短期金融市場で調達するため。準備預金の調達コストは短期金融市場の資金量ではなく金利に依存する。
  2. 中央銀行は決済システム維持のために、需要に応じて準備預金を供給する必要があるため(事前に準備預金の「量」を決めてしまうと、準備預金を調達できない銀行が出現して決済不履行の連鎖が生じる可能性がある)。

です。銀行の貸出行動(→マネーストック)に影響を与えるためには、準備預金の「量」ではなく金利のコントロールが適切です。

アメリカではFedが1979-82年に金融政策のターゲットを金利(federal fund rate)からM1に変更しましたが、金利の乱高下を招いて再び金利ターゲットに戻されました。 

「1990年代初頭にゼロ金利にしておくべきだった」という批判であれば筋が通りますが、「金利コントロールは誤りで量のコントロールが正しい」というのは筋が通らないということです。*1

量的緩和の景気刺激効果が大きいのであれば、もっと早く量的緩和に踏み切るべきだった、という批判も可能ですが、「日銀理論」を激しく批判する割には、量的緩和の効果には確信を持てないようです。

量的緩和を開始して1年後の02年2月からは、08年2月までの73ヵ月にわたる戦後最長の景気回復が始まった。この間の名目GDP成長率は、02年度こそ直前の不況を引きずって0.7%減とマイナス成長だったものの、03年度は0.8%増、04年度は0.2%増、05年度は0.5%増、06年度は0.7%増、07年度は0.8%増と、低いながらいずれもプラス成長を実現した。デフレ下に5年連続で、小幅ながらも名目プラス成長を実現できたのは、効果や因果関係の不明な「小泉改革」よりも日銀の量的緩和の方が寄与したとも考えられるのではないか。

なぜか言及されていませんが、戦後最長の景気回復は、2001-07年の円安&海外のバブル景気で輸出と設備投資が増加したことによるものです。量的緩和は、溝口財務官による2003-04年の円高阻止35兆円介入をサポートしましたが、景気拡大の原動力は円安円売り介入であり、「日銀の量的緩和の方が寄与したとも考えられるのではないか」という見方は当たりません。

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結局、「日銀理論は誤り」という結論先にありきの根拠を欠いた記事と言わざるを得ません。日銀をスケープゴートに仕立て上げるよりも、根拠に基づいた分析記事を報じてもらいたいものです。*2

 

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*1:当時、ゼロ金利まで求める声はほとんど皆無だったので、「量的緩和をするべきだった」という批判も後講釈に過ぎません。

*2:速水総裁に問題があったことは間違いありません。