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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

欧米文系知識人の限界:『国家はなぜ衰退するのか』

必要があって読む羽目になった本のレビューです。(今さらですが)

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源


書評:国家はなぜ衰退するのか―権力・繁栄・貧困の起源(上・下) [著]ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン - 原真人(本社編集委員) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

内外で高い評価を得ていますが、超過大評価というのが正直な感想です。著者の主張を要約すると、

  • 国家の繁栄を決めるのは制度であり、自然環境や文化等ではない。(証拠:南北朝鮮等)
  • 各国の制度の違いは経路に依存する(初期の違いが好循環または悪循環のフィードバックによって拡大していく)
  • 包括的(inclusive)な政治・経済制度⇒好循環⇒繁栄
  • 収奪的(extractive)な政治・経済制度⇒悪循環⇒衰退

になりますが、このロジックには問題があります。自然環境や文化が制度に影響している可能性についての考察が不足しているためです。

同書で否定されているジャレド・ダイアモンドは『銃・病原菌・鉄』で、ヨーロッパと中国のテクノロジーに差がついた理由を

  • ヨーロッパの地形は複雑→統一支配が困難→各地の勢力間に競争が生まれる→イノベーション促進(包括的)
  • 中国の地形はヨーロッパほど複雑ではない→統一支配→イノベーションよりも現状維持重視(収奪的)

と説明しています。この「自然環境が制度に影響している」という説を無視することはできないでしょう。

西欧の軍事テクノロジーの発達についてはこの本が参考になります。

大砲と帆船―ヨーロッパの世界制覇と技術革新

大砲と帆船―ヨーロッパの世界制覇と技術革新

テクノロジー発達を支えた思想についてはこちら。

数量化革命

数量化革命

今日の中南米と北米の経済格差も、ヨーロッパ人が初期に形成した制度の違い(中南米では先住民を奴隷化、北米のニューイングランドでは自活)が悪循環と好循環によって拡大した、としていますが、そもそもそうなったのは、自然環境の違いがもたらしたヨーロッパに売れる特産品の有無です。

[p.47]

概して、われわれの植民地の主要産物の価値は、太陽からの距離に比例して減じるようだ。どこよりも暑い西インド諸島では、1人あたり8ポンド12シリング1ペニーが生産される。大陸植民地の南部では、5ポンド10シリング、中央部では、9シリング6と2分の1ペニー。北部の開拓地では2シリング6ペニー。こうした等級がきわめて重要な教訓を示しているのは間違いない――北緯度地方に植民するのは避けるように、と。

ヨーロッパと自然環境が異なる中南米カリブ海諸島は、奴隷による砂糖きび栽培や採鉱(収奪的)が合理的であったために「低開発化」されてしまった一方で、自然環境が似ていたために特産品がなかったニューイングランドでは白人が自活せざるを得なかったためです。これについては川北稔の一連の著作が参考になります。

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)

イングランドの工業化に「需要があった」という視点が欠かせないことや、都市文化が需要を支えていたことが指摘されています。

都市文化が栄えた一因は、「家を出て都市に向かった」人々が多かったためですが、これは「成人すると家を出る」という家族構造(核家族)と関係します。包括的な西欧/収奪的な東欧の違いについては、エマニュエル・トッドの家族構造に基づく説明に説得力があります。

世界の多様性 家族構造と近代性

世界の多様性 家族構造と近代性

収奪的制度の一つが共産主義ですが、トッドは

  • 共産主義は共同体家族と親和性が高い
  • 父系共同体家族はユーラシア中心部で創出され、軍事的征服によって周辺部に広がった(東欧は含まれ、西欧は含まれない)

と分析しています。 

世界像革命 〔家族人類学の挑戦〕

世界像革命 〔家族人類学の挑戦〕

自然環境や文化を無視(軽視)する『国家はなぜ衰退するのか』の著者のスタンスは、"nature vs nurture"論争(生まれか育ちか)におけるnurture派と共通します。

  • 人間の能力は生まれ(遺伝)ではなく育ち(環境等)で決まる⇒人種・民族や男女による遺伝的な能力差はない
  • 適切な教育等で能力が伸びる⇒能力を発揮できる場に立てる⇒さらに上のステージに行ける(好循環)
  • 成長過程で能力を伸ばせない⇒いつまでたっても下のステージにとどまる

というものです。

もちろん、育ちが重要なことは間違いありませんが、遺伝的能力差がないというのは妄想としか言いようがありません。同様に、制度が重要だからと言って自然環境や文化が無関係というのも論理の飛躍です。身長が栄養に大きく影響されることをもって「遺伝は身長とは無関係」と主張するようなものです。

同書はこの飛躍した論理を裏付けようと、世界各地の歴史から膨大な事例を挙げていますが、「制度が重要」であることの論証は、自然環境や文化が無関係であることの論証にはなりません。決定論を嫌う欧米知識人の"political correctness"バイアスの産物です。

Amazonのように5つ星で採点するなら、

★☆☆☆☆

です。制度が重要であることは当たり前であり、これほどのページは必要ありません。世界各地の歴史のエピソード集としての価値があるかとも思いましたが、それなら、各分野の専門家の著作のほうが信用できます(日本に関する記述も不正確です)。このような凡作が高評価を得るところに、トッドが指摘する欧米社会の知的劣化が見て取れます。

潰れた1日が無駄でした。

最も印象的なエピソードを一つ挙げるとしたらこれです。

 

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