読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

アメリカの文化大革命「株主価値の最大化」

経済記事ピックアップ

「1%のための経済学」は占星術と同じ】で紹介した、格差拡大・経済停滞と主流派経済学・新自由主義イデオロギーの関係についての続きです。

米金融業界の荒稼ぎは正当か】に示したように、アメリカで金融業界や企業経営者の報酬が高騰を始めたのは1980年頃からであり、それ以前の格差は今日よりもはるかに小さいものでした。レスター・サローは、第二次大戦によって高まった国民の平等意識がその理由だったと説明していました。

不平等を生み出すもの

不平等を生み出すもの

第二次大戦期には、戦争のもたらした経済的負担は比較的平等に(“同等の犠牲”)分けあうべきだという合意があった。そこで、連邦政府は賃金に対して経済的統制をおこない、平等化を進展させた。<略>賃金格差は縮小すべきだという広範な合意があったから、意図的に賃金格差を縮小することが可能であった。<略>そして第二次大戦中の平等主義的な圧力がなくなった後でさえも、それが“正当”だとみなされた。30年後の今日でも、基本的にはおなじ格差が存在している。

このことは、平等意識を破壊する「文化大革命」がアメリカのビジネス界に起こっていたことを示唆します。その際に錦の御旗として掲げられたのが、「株主価値の最大化」です。


Harold Meyerson: The myth of maximizing shareholder value - The Washington Post

1970年代までの企業ガバナンスは、従業員や顧客、取引先などへのバランスを取るステイクホルダーモデルが一般的でしたが、大企業の肥大化や日本企業に対する競争力の低下などの行き詰まりを打開するものとして、学界から提案されたのが「株主価値の最大化」モデルでした。

The idea that corporations exist to reward their shareholders arose not in a body of law but from the work of ideologically driven economists. In 1970, Milton Friedman wrote that business properly had but one goal: to maximize profits. The same year, Friedman’s University of Chicago colleague Eugene Fama argued that a corporation’s share price was always the accurate reflection of the enterprise’s worth, an idea that trickled down into the belief that the proper goal of a corporation was to boost its share value — particularly after most CEO salaries and bonuses became linked to that value.

「企業は株主のもの・リスクを取っているのは株主→株主に報いるのは当然」という単純明快なロジックには説得力があるため、社会全体が「洗脳」されてしまったわけです。

At the most basic level, the rationale for maximizing shareholder value is that shareholders own the company's assets, and therefore have exclusive claim on its profits. A more sophisticated argument is that that among all stakeholders in the business corporation, only shareholders bear the risk of getting a positive return from the firm, while all other participants receive guaranteed returns for their productive contributions. If we want risk-bearing, so the argument goes, we need to return value to shareholders.

この観念の大転換は、ヨーロッパのキリスト教が昔に戻ることにたとえられます。現在では、異端や異教徒殺害には心理的抵抗が働きますが、これを「正しいこと」と信じていた中世人は平気で殺戮を実行できました。

これと同じ構図で、「文化大革命」前の経営者は、従業員の待遇を悪化させながら自分が天文学的報酬を受け取ることに抵抗を感じていましたが、心理的ブレーキを失った現在の経営者は何のためらいもなく実行できるわけです。小説『新世界より』に登場する、愧死機構が作動しない悪鬼のようなものです。1%の悪鬼のやりたい放題が、99%の人間を追い詰めているのが格差拡大の実態です。

格差拡大以外の問題は、労働者のイノベーション意識が失われることで(奴隷と同じ)、経済全体の成長率が低下することです(⇒secular stagnation)。

… In an innovative enterprise, however, the most important productive assets are human. In a free society, human assets can't be owned by others. Through massive distributions to shareholders, dominated by stock buybacks, the ideology of maximizing shareholder value is robbing taxpayers and workers of returns to the risks that they took -- and in the process undermining the innovative capability of the US economy.

スミザーズも、経営者が設備投資や研究開発よりも自社株買いを優先することが、成長率を引き下げることを警告しています。(【サックスのクルーグマン&サマーズ批判】を参照)

The Road to Recovery: How and Why Economic Policy Must Change

The Road to Recovery: How and Why Economic Policy Must Change

とはいえ、成就してしまった文化大革命をひっくり返すことは容易とは思えません(そのために第三次大戦を起こすわけにはいかないので)。やはり事実上の寡頭制に向かうのでしょうか。(【寡頭制への移行は必然なのか】を参照

しかしながら、注目すべき重要なことがらは、この新しい基準を政府が気のすすまぬ人々に押しつけたのではなく、一般大衆が戦時中にもっていた公平感によって、その基準が労働市場に課されたということである。これほど極端な状況でないと、そのような大きな変化はとうてい処理できない。実際、ある社会学者の結論によると、戦争のみが相対的損失の規準の変化をひきおこすことができる。

日本もバブル崩壊後、このイデオロギーに毒されてきましたが、アメリカほどではないことがまだ救いです。


The Myth of Maximizing Shareholder Value - YouTube

 

[付録]

「株主価値の最大化」モデルの理論的支柱がエージェンシー理論です。

上の論文では、エージェンシー理論革命が企業に、

  1. 経営者の報酬をストックオプションにすることで、株価最大化のインセンティブを与える
  2. 投資家が分散投資する→各企業に多角化は不要→事業の「集中と選択」
  3. レバレッジを高める

ことを促したと分析しています。

Agency theorists prescribed revolutionary changes in corporate governance and strategy. Three changes were designed to increase corporate profitability by changing incentives to managers, reinforcing industrial focus, and altering financing of new endeavors. First was the prescription to alter incentives to executives, using stock options to guarantee they would focus on increasing the value of the firm, and designing compensation to ensure they held equity in the firms they ran. Second was the prescription to focus the firm on the management team’s industry of expertise and leave portfolio diversification to investors. Third was the prescription to use debt financing for new endeavors, leveraging equity and putting an end to the executive practice of spending profits to buy new businesses just to expand their empires.

社外取締役が過大なリスクテイクの防波堤になるはずでしたが、実際には「仲良しクラブ」の一員であり、経営者は会計操作と自社株買いに邁進しました。まさに机上の空論だったわけですが、ケインズが『一般理論』に記したように、そのidea(ideology?)が今日の経済社会を支配しているわけです。

[Chapter 24]

…, the ideas of economists and political philosophers, both when they are right and when they are wrong, are more powerful than is commonly understood. Indeed the world is ruled by little else. […] But, soon or late, it is ideas, not vested interests, which are dangerous for good or evil.

 

新世界より(上) (講談社文庫)

新世界より(上) (講談社文庫)

新世界より(中) (講談社文庫)

新世界より(中) (講談社文庫)

新世界より(下) (講談社文庫)

新世界より(下) (講談社文庫)