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『幸福な王子』とグローバリゼーション・パラドックス

先進国を立ち枯れさせる「若者が成長できない症候群」】では、先進国の若者の経済的苦境の一因が経済のグローバル化であるとの見方を示しましたが、これに対して「グローバル化は悪くない。悪いのは政府であり、グローバル化は途上国のためにも推進すべき」という主張があります。

良い経済学 悪い経済学 (日経ビジネス人文庫)

良い経済学 悪い経済学 (日経ビジネス人文庫)

欧米が自分たちの生活水準を守るという間違った考え方にしたがって輸入障壁を築き上げれば、世界経済の現状でもっとも明るい面を破壊することになりかねない。広範囲な経済開発がようやくはじまり、数億、数十億の人たちが生活水準の向上を期待できるようになったのだ。第三世界の経済発展は脅威ではなく、機会である。世界経済にとってほんとうに脅威になっているのは、第三世界の成功ではなく、第三世界の成功に対する第一世界の恐れなのだ。

もっともらしく聞こえますが、政府が若者の雇用対策や格差対策に消極的になった理由もまたグローバル化だとすれば、この主張の有効性は失われてしまいます。

"The Globalization Paradox"の著者ロドリックは、限度を超えたグローバル化(ハイパーグローバリゼーション)が、政治を国民生活を守らないものに変えてしまうと指摘しています。

グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道

グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道

…ハイパーグローバリゼーションは同じように国内政治を締め出そうとしている。その兆候はあちこちに見られる。経済政策の決定主体(中央銀行、金融当局、規制当局など)が政治と距離を置き、社会保険は消滅(か民営化)し、低い法人税が求められ、労使間の社会契約が浸食され、民主的な発展目標がマーケットの信認を維持する必要に置き換わっている。ゲームのルールがグローバル経済の要求によって指図されれば、民主的集団が国民経済の政策決定にアクセスしたり、コントロールしたりするのはどうしても制限されるようになる。グローバリゼーションと国民国家を両立できるのは、民主主義を寄せつけない場合だけである。

世界の現状を見ると、この分析には説得力があります。政府を若者対策に積極的にさせるためには、経済のグローバル化を現状よりも後退させる必要があるということです。

…民主政治の中心的な場として国民国家を残すなら、経済グローバリゼーションを低くとどめる必要があることを、まだ受け入れていない。われわれはグローバリゼーションを「薄く」とどめるほかに選択肢はないのだ――ブレトンウッズの妥協を、異なった時代に再創造するために。

ハイパーグローバリゼーションを支持する根拠である「途上国のためになっている」にも留保が求められます。

中国はハイパーグローバリゼーションを推奨する「ワシントン・コンセンサス」には従わず、慎重にグローバル化を進めた国ですが、それでも、高度成長期の日本とは比較にならないほど輸出依存でした。*1

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先進国への巨額の輸出が途上国の経済成長に寄与したことは確かですが、あまりにも急激な経済社会の変化は副作用を伴っていた可能性もあります。ロドリックは、途上国が早々と脱工業化に向かっていることを、将来の不安要因(低成長化など)と指摘しています。

On the economic front, it is clear that early deindustrialization impedes growth and delays convergence with the advanced economies.

Less room for industrialization will almost certainly mean fewer growth miracles in the future.

Given premature deindustrialization, today’s developing countries will have to travel different, as yet unknown, and possibly bumpier paths to democracy and good governance.

ハイパーグローバリゼーション(先進国からの投資+先進国への輸出)は、成長促進剤のようなもので、短期的にプラスに働いたことは間違いないが、長期的な弊害がこれから生じてくる可能性も十分あるということです。*2

結局のところ、途上国思いのリベラルと、「社会など存在しない」が信条の利己的なネオリベラルの方向が一致したことが、ハイパーグローバリゼーションの急展開と先進国の若者の窮状を招いたということでしょう*3。「途上国を豊かにするために先進国は輸入を増やすべき」というリベラルの主張(→"decent work"の減少)は、オスカー・ワイルドの『幸福な王子』を連想させます。 

もっとも、リベラルは我が身を削っているのではなく、若者と国の未来を削っているのですが。

僕たちが親より豊かになるのはもう不可能なのか 各国「若者の絶望」の現場を歩く

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*1:高度成長期の日本が、成長にハイパーグローバリゼーションが必須ではないことの実例です。

*2:ハイパーグローバリゼーションの見直し=途上国を見捨てること、と短絡的に考えている人には、『グローバリゼーション・パラドクス』の第七章「豊かな世界の貧しい国々」と第八章「熱帯地域の貿易原理主義」を読むことをお勧めします。より堅実な成長戦略が述べられています。

*3:途上国に対するリベラルの善意が、先進国の若者の「地獄への道」を敷いたことになります。