読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

現実脳 vs モデル脳

金融

貨幣乗数を否定するイングランド銀行】で紹介した、マネー創造プロセスについてのイングランド銀行解説は、海外で反響を呼んでいるようです。【再び貨幣乗数と量的緩和について】で紹介した、「貨幣乗数の教科書からの追放」を唱える経済学者Wren-Lewisも、改めて記事を書いています。

日銀理論は地動説、世界標準理論は天動説】で紹介した、クルーグマンと論争した経済学者キーンも、改めてクルーグマンを批判しています。

しかし、【「日銀理論」批判の英国バージョン】で見たように、「中央銀行はマネタリーベース供給量を操作することで、インフレ率と景気をコントロールできる」と考える「中央銀行万能論者」は、イングランド銀行の解説を認めません。

金融政策の当事者である中央銀行に向かって「お前らは間違っている」と言う自信は、以下のようなモデルに支えられているようです。

  • 中央銀行が、将来の準備預金を2倍にすると確約する。*1
  • 銀行が「準備預金が2倍ならマネーストックも2倍にできる」と予想する。
  • 企業や家計も同様に予想する(→資金需要増加)。
  • 資金需要が増えるので、銀行はマネーストック2倍に向けて貸出を増加させる。
  • マネーストックの増加が、物価上昇と経済活動の活発化を引き起こす。

イングランド銀行の解説では、貸出増→マネーストック増→準備預金増ですが、中央銀行将来の準備預金増を確約して超過準備を増やしていけば、現在の資金需要と貸出行動を変えられる、というものです。予想(期待)に従って銀行が貸出を増やせば、マネーストック増(→超過準備が縮小)の「予想の自己実現」となります。

日本では、1998年にクルーグマンが提案した"JAPAN'S TRAP"が、このモデルの信奉者(≒日銀バッシャー)を増やすきっかけだったようです。

一方、イングランド銀行は、準備預金の量ではなく金利が重要としています。(以下、強調は引用者)

This demand for base money is therefore more likely to be a consequence rather than a cause of banks making loans and creating broad money. This is because banks’ decisions to extend credit are based on the availability of profitable lending opportunities at any given point in time. The profitability of making a loan will depend on a number of factors, as discussed earlier. One of these is the cost of funds that banks face, which is closely related to the interest rate paid on reserves, the policy rate.

Money creation in the modern economy - Quarterly ...

銀行の貸出は、借入需要、貸出先の収益性とリスク、準備預金の調達コスト(≒政策金利)で決定されます。中央銀行は、準備預金を需要に応じて政策金利でいくらでも供給するので、銀行が判断材料にするのは、将来の準備預金の量ではなく、政策金利です。このメカニズム通りであれば、政策金利低下が予想されなければ、準備預金の増加予想は貸出増を誘発しないことになります。また、企業や家計の資金需要も、準備預金の量ではなく金利に反応します。*2

As a by-product of QE, new central bank reserves are created. But these are not an important part of the transmission mechanism. This article explains how, just as in normal times, these reserves cannot be multiplied into more loans and deposits and how these reserves do not represent ‘free money’ for banks.

どちらが正しいかを決めるのは「現実」なので、日本のデータで検証します。

準備預金と銀行貸出、コアコアCPI、名目GDPの比較です。

f:id:prof_nemuro:20140328193455g:plain

準備預金のスケールがかけ離れているので、右軸に移します。

f:id:prof_nemuro:20140328193457g:plain

準備預金の内訳と銀行貸出です。

f:id:prof_nemuro:20140328193458g:plain

準備預金内訳と日本銀行政策金利、国内銀行の貸出約定平均金利です。クルーグマン提案時点で、政策金利の低下余地は0.5%を下回っていました。*3

f:id:prof_nemuro:20140328193454g:plain

量的緩和が長期化しているため、準備預金の水準感が狂ってしまった人が多いようですが、現在の準備預金は、クルーグマンが提案した1998年5月から約30倍に増えています。一方、銀行貸出、コアコアCPI、名目GDPは当時を下回っています。2013年4月(下グラフの赤マーカー)の量的・質的金融緩和(QQE)のサプライズ後も、貸出の伸び率にトレンド変化は見られず、上昇は小幅にとどまっています。

f:id:prof_nemuro:20140328194941g:plain

現実は、1998年のクルーグマン提案よりも、2014年のイングランド銀行の解説と整合していると言ってよいでしょう。リチャード・クーは、クルーグマン提案に固執する人々について、以下のように評しています。*4

The Holy Grail of Macroeconomics: Lessons from Japans Great Recession

The Holy Grail of Macroeconomics: Lessons from Japans Great Recession

Even though quantitative easing failed to produce the expected results, the belief that monetary policy is always effective persists among economists in Japan and elsewhere. To these economists, quantity easing did not fail: it simply was not tried hard enough. According to this view, if boosting the excess reserves of commercial banks to ¥25 trillion has no effect, then we should try injecting ¥50 trillion, or ¥100 trillion.

At the risk of belaboring the obvious, imagine a patient in the hospital who takes a drug prescribed by her doctor, but does not react as the doctor expected, and, more importantly, does not get better. When she reports back to the doctor, he tells her to double the dosage. But this does not help, either. So he orders her to take four times, eight times, and finally a hundred times the original dosage. All to no avail. Under these circumstances, any normal human being would come to the conclusion that the doctor's original diagnosis was wrong, and that the patient suffered from a different disease.

スタンフォード大学の経済学者Pfleidererは、最近の論文で、現実よりもエレガントなモデルに嵌まることの危険性を指摘しています。*5

  • Theories that are “deep” and produce surprising results that are explained by subtle and complex reasoning are intrinsically interesting (and fun to develop) …. 

          But that doesn’t make them true or useful. 

  • Chasing subtlety or mathematical sophistication for its own sake can lead us far off the path. 

吉川洋も『週刊エコノミスト』2013/9/10号で同様の指摘をしていました。

[p.33]

マクロ経済学は一変した。ケインズ経済学が退潮し、ルーカスらの新古典派マクロ経済学が世界標準となった。しかし私は、ルーカス登場から現在に至る過去40数年間のマクロ経済学は現実の経済とはかけ離れた知的遊戯に変わってしまったと考えている。

 エレガントなモデルに説得力を感じたとしても、現実と乖離しているのであれば、「過ちては改むるに憚ること勿れ」ということです。それを実践した一人が「ラッファー・カーブ」で有名なラッファーで、「マネタリーベースがインフレ率を動かす」という自分のモデルの誤りを認めています。

In an interview with Business Insider from his office in Tennessee, Laffer admitted that he was wrong. The old maxim that dictates increasing the availability of cash through lower interest rates will lead to higher prices, he said, may need to be reexamined.

"Usually when you find the model this far off, you've probably got something wrong with the model, not that the world has changed," he said. "Inflation does not appear to be monetary base driven," he said. 

それでもイングランド銀行は間違っていると考える人には、1989年のクルーグマンの言葉が参考になりそうです。

為替レートの謎を解く

為替レートの謎を解く

[p.21] 

ヨーロッパ通貨制度(EMS)にアイルランドが加盟する前には、実質為替レートは西ドイツのそれよりもイギリスのそれとより強く相関していたが、加盟後には実質為替レートはイギリスよりも西ドイツのそれとよく相関するようになった。もし皆さんが、この現象が為替レート制度の変化とは無関係な実物経済の変化を反映していると信じるならば、私は皆さんの症例から手を切るので、専門家の診察を受けるようおすすめする。

The Republican Brain: The Science of Why They Deny Science--and Reality

The Republican Brain: The Science of Why They Deny Science--and Reality


The Republican Brain - Chris Mooney - YouTube

*1:現金を含むマネタリーベースを使うモデルもあります。

*2:長期金利低下や資産価格上昇を通じた経路はまた別。

*3:金利にはゼロ下限がありますが、為替レートには下限はありません。利下げ余地が小さい場合には、金利とは別の「マネーの価格」である為替レートを下げればよい、というのが、スヴェンソンの"foolproof way"です。

*4:「超過準備25兆円で効果がなければ、50兆円、100兆円と増やせ」は、QQEそのものです。

*5:Economist's Viewのコメント欄も参考になります。

広告を非表示にする