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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

量的・質的金融緩和の資金フローを巡る誤解

齊藤誠(一橋大学教授)の『東洋経済』への寄稿を高橋洋一嘉悦大学教授)が夕刊フジで批判し、齊藤が追加説明をしています。

齊藤は「標準的な金融理論の教科書」の説明として、中央銀行が当座預金を供給すると「預金増 → 貸出増 → 預金増の連鎖を通じてマネーストックが拡大する」という貨幣乗数理論を持ち出しています。

しかし、イングランド銀行が解説しているように、この貨幣乗数理論は現実の銀行の信用創造プロセスとは異なります。*1

…, the new reserves are not mechanically multiplied up into new loans and new deposits as predicted by the money multiplier theory.

したがって、結論も奇妙なものになっています。

国債などの売却資金を充てても、日銀預け金の積み増し分には、25.5 兆円不足する(69.2 兆円-43.7 兆円)。この不足分の間接的な資金源泉は、同期間に個人や法人から集まった預金(31.0 兆円)のおよそ 8 割が充てられたと考えられる。バランスシートでは期間内の売買を正確にトレースすることはできないが、蓋然性の高い資金の流れとしては、預金取扱金融機関が日銀に対して残存期間の長い国債を 27.2 兆円以上売却し、個人や法人から集めた預金で得た資金の約 8 割を用いて、同期間内に残存期間の短い国債国庫短期証券を市中の金融市場から買い戻した可能性が考えられる。

以上の議論をまとめると、異次元金融緩和政策は、預金取扱金融機関が保有している長期国債ばかりでなく、その間に集まった預金の大半も囲い込んだことになる。*2

2013年度の中央銀行資金フロー(ネットベース)の主要項目は、

で、資産の国債等と負債の日銀預け金(当座預金)とが対応しています。*3

一方、預金取扱機関は、

  • 日銀預け金(資産):+69.2兆円
  • 国庫短期証券国債・財融債(資産)-40.9兆円
  • 預金(負債)*4:+28.5兆円

で、資産の“日銀当座預金―国債等”と負債の預金が対応しています。

預金取扱機関が「個人や法人から預金を集めて日銀預け金を積み増した」というのが齊藤の解釈です。

高橋も同じ解釈をしているようです。

預金取扱機関のところには、「日銀預け金69・2兆円」と「貸出増1・3兆円」が、「預金増27・6兆円」「証券売却41・0兆円」「その他1・9兆円」で賄われていることがわかる。

ここで見落とされているのが、中央政府の負債の国庫短期証券国債・財融債+34.5兆円です。これは金融機関*5の+33.6兆円と対応しています。

以上より、資金フローは以下のようにまとめられます(概数・単純化)。

  1. 政府:国債等を30兆円分発行
  2. 銀行:国債等を30兆円買入れ(資産)⇔預金が30兆円創造(負債)
  3. 日銀:銀行等から国債等を70兆円買入れ(資産)⇔日銀当座預金を70兆円供給(負債)
  4. 銀行のバランスシートの資産は+30兆円(日銀当座預金+70兆円、国債30-70=-40兆円)、負債は+30兆円(預金)となる。

「マネタリーサーベイ」で2013年3月末と2014年3月末を比べると、M3は+29.1兆円、政府向け信用(純)は+32.0兆円(うち中央銀行+66.8兆円、預金取扱機関-34.8兆円)で、上にまとめた資金フローとほぼ一致します。財務省によると、内国債残高は+32.3兆円、国債及び借入金残高は+33.4兆円です。

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国債増≒マネーストック増ですが、銀行は「個人や法人から集めた預金」で国債を買入れているのではありません。その逆で、銀行が国債買入れることによって預金創造されています(政府→個人や法人へ)。*6

Banks buying and selling government bonds is one particularly important way in which the purchase or sale of existing assets by banks creates and destroys money.


焦点:異次元緩和で日銀当預100兆円突破、今後に課題も | 日銀特集 | Reuters

ある日銀関係者は、貸出は伸びているが預金がそれ以上に伸びているため、金融機関は余剰資金国債を引き続き買っている、と分析する。

上の引用も逆で、銀行が国債を引き続き買っていたため、貸出以上に預金が伸びていたわけです。

次の部分も意味が通りません。

日銀が民間金融機関から国債を購入し、民間金融機関の日銀預け金が増え、それが家計や企業の預金増になるというのは金融論のイロハだ。

S&Pのレポート:銀行は超過準備を貸し出せない】や【ECBのマイナス金利に関する典型的誤解】で説明したように、中銀当座預金は家計や企業には移動しません。

…, banks cannot directly lend out reserves. Reserves are an IOU from the central bank to commercial banks. Those banks can use them to make payments to each other, but they cannot ‘lend’ them on to consumers in the economy, who do not hold reserves accounts.

イングランド銀行の解説は、日本には浸透していないようです。

本当に日本銀行が悪いのか

本当に日本銀行が悪いのか

金融ビッグバンの幻想と現実

金融ビッグバンの幻想と現実

*1:貨幣乗数を否定するイングランド銀行】や【FT主筆ウルフの金融解説「ハイパーインフレは杞憂」】を参照。

*2:下線は引用者、以下同

*3:「日銀当座預金増減要因と金融調節(実績)」によると、2013年度のマネタリーベースは+73.8兆円(うち日銀当座預金+70.5兆円)、長期国債国庫短期証券は+73.0兆円。

*4:日銀預け金を除く。

*5:中央銀行・預金取扱機関・その他金融機関

*6:マネーストックの伸びは第二の矢の成果】を参照。