読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

厚生労働省の公的年金マンガへの不当な批判

社会保障 人口・少子化

公的年金女性手帳と同様の的外れな批判を浴びているようです。一体、何が「色々ひどい」のか理解に苦しみます。*1

www.mhlw.go.jp

www.asahi.com

www.j-cast.com

現在の公的年金制度は、積立金による補完はあるものの、賦課方式を主体としています(マンガの第5話・第6話を参照)。賦課方式とは、社会全体を一つの家族と見做して、働く子や孫の世代から、リタイアした親や祖父母の世代に生活費を所得移転するものです。厚労省のマンガに描かれているように、家族内における私的扶養の拡大版です(第2話・第3話を参照)。

家族であれば、老後に子から受け取る所得移転額は、「子の平均所得×子の数=子の合計所得」に比例すると考えることができます。なので、子を多く産み育てるほど老後に受け取る額も多くなります。逆に、子を少人数しか産み育てなければ、老後に受け取る額は少なくなります。当然ですが、子を持たないまま老後を迎えた人の「子からの所得移転」はゼロです。

老後の年金受給は、子を産み育てたことの対価であり、親への所得移転(保険料負担)の対価ではないことが重要です。支払った保険料は積立方式のように「老後に返ってくる」ものではありません。

この基本原理を理解すれば、若い世代が「自分たちは老人世代に比べて損している」という批判が的外れであることが分かります。

1920~25年生まれの妻の平均出生児数は2.77人ですが、1960~65年生まれでは2.01人へと3割近く減少しています*2コーホート出生率は、1960年代以降に生まれた世代でさらに低下しています。

f:id:prof_nemuro:20150120142838g:plain

コーホート出生率が低い世代の老後の年金受給が少なくなるのは当然であり、それを「年金不信」に結びつけることは非論理的です。ある世代の年金受給額が、その世代の出生率によって決まることは賦課方式の年金制度の基本中の基本です。

出生率が高まれば年金受給額が増える」という事実の説明を、国が個人の意思を無視して出産を強制しているかのように捻じ曲げて批判するのは、柳澤厚生労働大臣(当時)の「産む機械」発言批判と同様の言い掛かりです。*3

多くの女性は、年金制度を支えるために子供が産みたいわけではありません。子供を産む幸せは「個人的な領域のもの」であり、「国(公)への貢献」のために強制された瞬間に、戦中のような“産めよ殖やせよ”になってしまうのです。年金マンガは、子をなす個人的な幸福を、公のものにすりかえています。「踏み越えてはならないライン」を、全く意識していないといえるでしょう。

北条のような論者は「子供を産む産まないは個人の自由*4」という点に固執して政府を批判しますが、「子供を産まない自由」を行使したのであれば、年金受給額が減ることも結果責任として受け入れなければなりません。「子供を産まないので年金ゼロでも政府を批判しません」と付け加えるべきでしょう。*5 

責任とは、社会的に見て自由があることに伴って発生する概念である。自由な行為・選択があることに伴い、それに応じた責任が発生する。

出産への国の介入を批判するのであれば、現行制度が出産を抑制する介入であることから批判するべきです。

This is not an argument for a state population policy that would interfere with the free decisions of its people and dictate the choice for children. Quite the contrary. Today the state intervenes massively in family planning by way of the pension system when it socialises the pension contributions of the children and thus suppresses the natural provision motive behind having children. 

次に予想されるのが、「子供を産めないのは若者の貧困化を放置する政府の責任」という批判ですが、それも的外れです。南アフリカでは、貧しい黒人の出生率が豊かな白人の出生率を常に大きく上回ってきました。東京でも、所得水準の低い区の出生率が高くなっています(West End<East End)。

f:id:prof_nemuro:20150120134645g:plain

もちろん、絶対的貧困が結婚や出産の制約になっている人の存在は否定できませんが、それが非婚化・少子化の主因ではないということです。過去記事で説明していますが、非婚化の主因は、男女の社会的地位・役割・経済力の同等化の結果、女の結婚相手に対する要求水準が高まったことです。

f:id:prof_nemuro:20150120145033g:plain

自分のレベルアップは、他者の相対的レベルダウンになります。仕事では「男と同等」を求める一方、「自分より下」を結婚相手の対象外にすれば、ミスマッチが大量発生するのは必然です。*6

晩婚化、非婚化が解消されていない理由は、単純にいうと男女共に自分のレベルを棚上げにして高望みをしており、しかもそれを高望みと自覚していないことにある。ここにも現実の自分を把握できず、理想化された「本当の自分」 にこだわるという時代的弊害が表れている。

婚活ビジネスは盛んだが、商売なので御客様の身の程知らずのわがままな願望を「給料明細を見ろ」「鏡を見ろ」とたしなめてくれない。とはいえ、給料明細は具体的な数字なので、本人も不足の程度を自覚しやすいが、「性格」だの「愛嬌」だのという曖昧な言葉で間接表現される容姿格差は、容易に自覚されない。結婚問題では、概して男性のほうが謙虚で、女性が不満たらたらなのは、こうした事情による。 

北条の言い掛かりよりも、長山の提言の方がはるかに健全です。

日本社会が人口一億人を保つためには、非正規労働者でも共稼ぎしながら子供を育てられる環境を整える必要がある。だが、そうした社会経済環境と同じくらい大切なのは、子供を持つことを義務としてではなく、親や子供本人の喜ばしい権利として認識する社会を築くことだ。

生物学的に考えれば、子供を残す者が真の勝者だ。生命の絶対性は、勝ち組だの負け組だのといったレベルではないのである。

www.sankei.com

「女性の声というと、世間的にはどうしても都会のキャリア志向の人の声が大きく聞こえがちですが、大都市で大企業に勤めてキャリアを追求する人は日本全体で見るとマイノリティー。

結婚・出産に関しては、事実を指摘されただけで邪推して激怒するノイジー・マイノリティが多いのが困ったことです*7。潜在意識では認識している「痛いところ」を突かれたためなのでしょう。お門違いの政府批判をしても何の解決にもならないのですが(一時的なストレス解消にはなるかもしれませんが)。

totb.hatenablog.com

[補足]

1955年から2000年(1935年生まれが20歳→65歳)にかけて、日本の1人当たり実質GDPは7.5倍になっています。一方、今後の1人当たり実質GDP成長率が1%とすると、2010年から2055年(1990年生まれが20歳→65歳)にかけて1人当たり実質GDPは1.6倍になります。年金の世代間格差の一部は、この「7.5倍⇔1.6倍」を反映したものですが、所得の変化(倍率)ではなく水準を見れば、これを「不公平」と表現するのが妥当ではないことが分かるでしょう。

世代間格差を縮小するのであれば、現時点で日本経済を大不況にして、そこから再建(→成長率はアップ)することが有効です。現時点の現役世代の所得水準を低下させることで、年金給付額と保険料負担額の双方が達成できます。

過去の世代が「得」しているように見えるのは、戦争で日本経済が落ち込んだことと、そのリバウンドで高成長したことが大きく寄与しています。

f:id:prof_nemuro:20150121124322g:plain

f:id:prof_nemuro:20150121124449g:plain

totb.hatenablog.com

totb.hatenablog.com

totb.hatenablog.com

totb.hatenablog.com

*1:以下、現行制度が非の打ち所が無い、と主張するものではありません。念のため。

*2:国立社会保障・人口問題研究所の「人口統計資料集(2014)」

*3:柳澤大臣は「出産可能年齢の女が減少する局面で出生数を維持するためには、一人当たりの出産が増える必要がある」が「機械生産する工業製品の場合、機械の台数が減少するのであれば、一台当たりの生産数が増える必要がある」と本質的に同じであることから、たとえとして「機械」と言ったに過ぎません。「女の人格・人間性を否定する暴論」という批判は悪質な印象操作・言い掛かりです。文脈を無視して発言の一部を切り出し、「差別」として糾弾する典型例です。

*4:「子供を産む産まないに政府は介入するな」と主張する論者の多くが、「育児支援が足りない」と政府を批判するのは面白いことです。

*5:為政者の責任の一つは、社会を持続可能な形で次の世代に引き継ぐことです。そのためにはある程度以上の出生率が必要なので、政府が出生に政策的関与することはむしろ当然です。これを否定する人は、日本社会の崩壊を企む工作員なのでしょうか。

*6:舌が肥えれば肥えるほど、美味しいと感じる料理は減ってしまうようなもの。政府の責任ではありません。

*7:「女の地位向上→結婚の困難化」や「産まない自由→年金額減少」などに対する認知的不協和でしょう。