Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

日本は貧しいから賃上げできないのか

「時給1500円で日本は滅ぶ」の続編が掲載されていました。

blogos.com

賃金水準を外国と単純に比べられないのはその通りです。特に最近では、円の実質実効為替レートは変動相場制移行後の最低水準に減価しているので、外国から見れば日本の物価と賃金は安く(→訪日外国人観光客激増)、逆に日本から見れば外国の物価と賃金は高くなります。

実際、最近外国に行くと、ランチや軽食の円換算価格の高さ(⇔日本の安さ)を感じます。加藤出の著書から、ニューヨークの2001年と2014年の価格比較を一部引用します。

マンハッタン内の地下鉄初乗り料金 1.5ドル→2.5ドル

マグノリア・ベーカリー」マフィン 1.25ドル→2.75ドル

「カッツ・デリカテッセンパストラミ・サンド 8.95ドル→18.45ドル

国連本部見学ツアー 7.5ドル→18ドル

現代美術館(MOMA) 10ドル→25ドル

1ドル=120円で換算すると、上から300円、330円、2214円、2160円、3000円です。おそらく、大方の日本人には割高に感じられるでしょう。為替レートが過大評価されているスイスの割高さはそれ以上です。なので、スイスの時給2000円をそのまま日本に適用することはできません。

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とはいえ、これは(時給1500円が妥当かどうかは別として)ファストフード従業員の時給アップが不可能(日本を滅ぼす)であることは意味しません。

冒頭の記事では「日本が貧しくなったから賃上げできない」「日本は高コスト体質」としていますが、前述の通り、日本は高コストどころか東南アジアの観光客が「爆買い」に訪れる割安な国です。

一国の賃金水準の上限を決めるのは、国際競争にさらされる貿易財産業(主に製造業)の生産性ですが、バブル崩壊後も堅調な伸びを続けています。*1

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しかし、1990年代半ばから、それまでの生産性と賃金の連動が切れています(→単位労働コスト低下)。生産性が上昇しても賃金が上がらなくなったことが、日本人が相対的に貧しくなった主因です。

同時期に、国際競争とは無縁の国内サービス業では、製造業の雇用減少&賃金抑制(→製造業労働者の購買力低下)の余波を受けて、賃金抑制と価格競争のスパイラルが始まります。

勝てば官軍―成功の法則

勝てば官軍―成功の法則

www.nikkeibp.co.jp

藤田が価格破壊路線に走ったのは、バブル崩壊後の日本が置かれた状況を長期的に予測したからだった。これは一時的な不況ではなく、少なくとも10年は続くデフレ経済ではないか。そうした予測の下、価格破壊を続けた日本マクドナルドは業績を伸ばしていった。 

製造業のような円高対応の必要のないサービス業では、価格と賃金が維持される均衡もあり得たわけですが、一部企業が価格破壊に走ると、他の企業も対抗上値下げせざるを得ません。その結果、業界全体が「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」へと追い込まれ、それが"new normal"となったわけです。

極端な表現をすると、デフレ経済とは、企業が労働者の負荷を増やして"race to the bottom"の消耗戦を続けることが"new normal"となった状態です。*2

「日本は貧しい国になったので賃金を上げられない」に納得してしまう人も多いようですが、因果はその逆で、賃金を上げない(&価格破壊競争)ことを長期間続けた結果、貧しくなったのです。*3

このことは、日本経済を正常化させるためには、賃金抑制&価格競争の均衡を打ち破るリフレーション政策が効果的であることを示唆します。*4

賃上げはなぜ必要か: 日本経済の誤謬 (筑摩選書)

賃上げはなぜ必要か: 日本経済の誤謬 (筑摩選書)

企業は環境に適応して経営戦略を変えるので、賃金が引き上げられたからといって「絶滅」することはありません。価格引き上げや省人化投資によって新たな環境に適応するでしょう。

www.theatlantic.com

After all, virtually every fast food franchise in the country would have to rethink its business model as their profits evaporated. But as the international market shows, the models are out there. It would certainly mean more expensive burgers. It would almost definitely mean fewer workers, as restaurants found ways to streamline their staffs, either through better management or technology. And it might mean fewer chains catering to the bottom of the market.

business.nikkeibp.co.jp

最低賃金引き上げに反対する人は「市場ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」「市場に干渉すると祟りが不可避」と考えているようですが、장하준はそれが思い込みに過ぎないことを指摘しています。

世界経済を破綻させる23の嘘

世界経済を破綻させる23の嘘

今日では、イギリスや他の富める国の最も熱心な自由市場支持者といえども、自分が熱望する市場開放の一環として児童労働を復活させようとは思わないだろう。ところが、欧米に初めて本格的な児童労働規制法が導入された19世紀後半~20世紀前半までは、世間に認められたまともな人の多くが、児童労働規制は自由市場の原理に反するものと判断していたのである。

富める国の賃金は、何よりもまず、移民政策によって決まる。[…]移民数はおもに政治によって決められる。だから、政府の自由市場への大規模な干渉について、なおも疑いをもつ人は、しばし熟考してほしい。わたしたちの賃金はすべて、大もとでは政治的に決められているのだということを。*5

下のリンクは最低賃金に関する米労働省の資料ですが、

About Minimum Wage - U.S. Department of Labor

In percent terms, the change in GDP is not affected by increases in the minimum wage

と、GDP成長率は最低賃金引き上げに影響を受けなかったと記されています。

下は二つ目のグラフのスケールを変えたものですが、1970年代から、1人当たりGDP最低賃金が逆方向に向かったことが鮮明です(→格差拡大)。

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アメリカのように移民を低賃金で雇えない日本では、最低賃金が高くなるのが自然でしょう。

個々の企業にとっては合理的な「賃金抑制&価格破壊」が、経済全体では「雇用者報酬減少&デフレ」の名目ベースでの縮小均衡をもたらしています。経済政策は、ミクロ脳ではなくマクロ脳で考えることが必要です。

個人消費を左右する主因は雇用者報酬であり、この雇用者報酬が伸び悩んだからこそ個人消費の増加率も低下していったのである。さらに、90年代に入ってから中小企業を中心に有効に活用されない内部留保(未活用留保)を溜め込むようになったことが、98年以降の縮小均衡に結びついた。

雇用者報酬の増加を抑制してきた主因は二つの「構造的要因」にある。一つは、労働生産性が上昇していたにもかかわらず、労働分配率が不当に抑制されたこと。もう一つは、サービス業を中心に労働生産性が低く、したがって雇用者報酬の伸びも低い労働集約型産業が拡大し、雇用を吸収していったことである。

雇用者所得の増加を抑制してきた二つの構造的要因は、金融政策によっては解決できない。

最後の転落 〔ソ連崩壊のシナリオ〕

最後の転落 〔ソ連崩壊のシナリオ〕

ケインズ理論の主たる帰結は、もちろん景気後退期における国家による投資であるが、それより目に付きにくいが構造に関わるものだけにより重要な帰結は、自国の労働者階級を豊かにすることが得策であるという考えを西側ブルジョワジーが受け入れた、ということである。経済発展期における労働者の賃金の持続的上昇は、消費の規則正しい上昇をもたらし、それが生産の総体を吸収する。*6

totb.hatenablog.com

totb.hatenablog.com

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*1:グラフの傾きが伸び率を表す。

*2:高度成長期の先進国では、生産性と賃金が二人三脚で上昇していくのが常態でした。その関係が崩れたことが"Secular Stagnation"と関係しています。

*3:賃金を上げない→貧しくなる→賃金を上げない→貧しくなる→…

*4:日本銀行のQQEのことではありません。

*5:強調は引用者、以下同。

*6:[引用者注]これを逆にすると「自国の労働者を貧しくすることが得策→雇用者報酬の減少→家計消費の伸び率低下→供給超過→デフレ」「国内需要が伸びない→国内投資抑制&海外現地生産化加速→日本が貧しくなる」