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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

クルーグマンと吉川洋の期待インフレ率に関する一致

リフレ派の教祖・クルーグマンが金融政策による「期待インフレ率」の引き上げの実現性に疑念を呈するようになっています。

www.wsj.com

jp.wsj.com

blogos.com

こちらの動画の28分過ぎ。

IMF Videos - Economic Forum: Policy Lessons and the Future of Unconventional Monetary Policy

このことは、クルーグマンが用いたモデルに欠陥があった可能性を示唆します。

面白いことだが、クルーグマンは当初、「流動性の罠」などという状態はありえないと思い、それを証明しようとしてモデルを構築しはじめたという。だが――モデルは「流動性の罠」が可能であるばかりか脱出方法まであることを示唆した。それが1998年にウェブで発表された「日本のはまった罠」、そしてそれを精緻化した「復活だあっ!日本の不況と流動性トラップの逆襲」だ。

重要なのは、量的緩和をいつまでも続けるぞ、と宣言し、長期的なインフレの期待を高めることだ。これはつまり、将来の実質金利が下がるのと同じことだ。だから景気刺激効果がある!

shuchi.php.co.jp

さて、この処方箋は簡単だ。インフレ期待を起こせばいい。これほど簡単なことはない。日本銀行がお金をいっぱい刷り、これからも当分そうしますよ、と言えばいい。

その一つは、クルーグマン自身が「期待インフレ率というものは存在しない」と語ったことと関係します。為替レートが大きく円安に動いたことは「誰かの期待が変化した」ことを示していますが、それはあくまでも外国為替市場参加者であって、家計や企業の期待インフレ率まで変化したことは意味しません。これは吉川洋の『週刊エコノミスト』(2013年9月10日号)での指摘そのものです。

ルーカス理論の一番の問題は、特定の資産市場には有効かもしれない合理的期待の概念を、労働市場や賃金といったマクロ経済に無反省に適用したことだ。マクロ経済では、家計や企業などミクロの経済主体はそれぞれ異なる世界で行動している。一つの「マクロ経済」を共有していない。

代表的な企業や家計の行動を相似拡大してマクロ経済をとらえて、そこで合理的期待に働きかけるというのを日銀の異次元緩和で見てみよう。

これは、日銀が日本国内の「ザ・企業」と「ザ・家計」という二つの経済主体を相手に、2年でマネタリーベース(日銀の資金供給量)を2倍してインフレ率を2倍にすると強く働きかければ、インフレ期待が高まり、目標を達成できると言っているようなものだ。1人の代表的個人が日銀を相手に将棋を指すなら、相手となった経済主体は日銀の期待への働きかけを読み取るだろう。その結果、日銀の思惑通りに2年で2%のインフレ目標が達成できるかもしれない。

だが、そもそもこんなモデルを誰も正しいとは思わないだろう。つまり、現実には日銀が期待に働きかけるルートは存在しない。

為替レートや株価が大きく変化した一方で、財・サービス価格が期待されたほど上昇していないことは、日銀と近い金融市場・資産市場参加者には「期待への働きかけ」が通じたものの、企業や家計には通じなかったことを示しています。

そもそも国民の9割以上は、マネタリーベースや日銀当座預金の残高はもちろんのこと、その意味を理解していないでしょう。日銀の原田審議委員(リフレ派)が11月11日の記者会見で

私が日銀に参る前は、予想物価が大きく変化して現実の物価に大きく働きかけるという経路が強いと思っていましたが、その後の現実の物価の動きをみますと、やはり人々の予想というのは足許の物価の動きに引き摺られますので、予想物価自体が足許の物価に影響を受けます。…前に私がデフレ脱却について編集した論文集を別の用があって読み直してみましたが、その中にも「予想物価は、過去の予想物価と足許の物価に影響される」という論文があり、この論文の通りだと思った次第です。 *1

と認めたように、一般人は「日銀の期待への働きかけを読み取っ」て経済活動しているわけではありません。

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もう一つの欠陥は、モデルが貨幣乗数アプローチに基づいていることです。クルーグマン貨幣乗数アプローチを用いていることは、最近のNYTのコラムからも確認できます。

http://www.nytimes.com/2015/09/11/opinion/paul-krugman-japans-economy-crippled-by-caution.html

When central banks like the Federal Reserve or the Bank of Japan print money, they generally use it to buy government debt. In normal times this starts a chain reaction in the financial system: The sellers of that government debt don’t want to sit on idle cash, so they lend it out, stimulating spending and boosting the real economy.

http://www.nytimes.com/2015/09/21/opinion/paul-krugman-the-rage-of-the-bankers.html

For banks make their profits by taking in deposits and lending the funds out at a higher rate of interest. 

銀行は貸出の原資にするために預金を集めているわけではありません。預金は銀行の貸出によって創造されるもので、貸出の原資ではありません。

金融ビッグバンの幻想と現実

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私たちは、銀行が預金集めをするのは貸し出しのための「原資」を調達しなければならないからだと考えがちですが、実際にはそうではなく、銀行はある預金の払い戻しに必要な資金を別の預金で調達しているのです。簡単に言えば「預金で預金の支払いをしている」――これが現代の銀行なのです。

教科書的な貨幣乗数アプローチに問題があることは、イングランド銀行をはじめ多くの中央銀行関係者が指摘しています。

https://www.ecb.europa.eu/pub/pdf/other/art1_mb201110en_pp63-79en.pdf

Overall, the mechanical link between monetary policy and the supply of money that is embedded in the money multiplier approach is not a particularly useful framework either for understanding changes in monetary aggregates or for designing appropriate monetary policy responses, even in an environment where the zero lower bound for nominal interest rates may become binding.

そもそも、

「銀行券流入にせよ(その事実誤認はすでに論難済み)、オペなどによる準備預金追加注入にせよ、いわゆるベースマネーを増やせば、それが始発点・原資となって、その信用乗数倍のマネーストックが追加供給される」

という論理構成そのものが間違っているのである。そういう理屈も存在しないし、事実にも反する。

スティグリッツは、アメリカが大恐慌から脱却した原動力は、金融政策のレジームチェンジではなく、大規模な公共支出だったと論じています。

世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠

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アメリカが大恐慌から抜け出しはじめたのは、世界戦争にそなえるべく、政府の支出がうなぎ上りになってからだった。わたしたちは単純明快な真実を把握する必要がある。回復をもたらしたのは政府の財政出動だ。金融政策の修正でもなく、銀行制度の復活でもなく、ケインズ主義的な景気刺激策なのだ。

「単純明快な真実」を見たくない心理が、非伝統的金融政策への過剰な期待を生んだのではないでしょうか。

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雇用、利子および貨幣の一般理論〈下〉 (岩波文庫)

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経済学者や政治哲学者の思想は、それらが正しい場合も誤っている場合も、通常考えられている以上に強力である。…虚空の声を聞く権力の座の狂人も、数年前のある学者先生から〔自分に見合った〕 狂気を抽き出している。*2

デフレーション―“日本の慢性病

デフレーション―“日本の慢性病"の全貌を解明する

totb.hatenablog.com

 

参考

www.mag2.com

*1:日本銀行「原田審議委員記者会見要旨」より。 

*2:強調は引用者。