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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

クルーグマンの刹活孔の勧め

1998年にクルーグマン

JAPAN: Still Trapped (Japanese) (←全文を読むことを推奨)

ぼくの予想どおり、いまの回復策が失敗したら、すぐに使える戦略があるんだというのを思い出してね――いちばん伝統的なマクロ経済モデルにしっかり根ざした戦略なんだ。

と自信たっぷりに記していました。「いまの回復策」の一つが財政出動で、「すぐに使える戦略」が“期待”に働きかける量的緩和のことです。

それが先日のIMFカンファレンスでは、量的緩和が期待外れだったことを認め、*1

IMF Survey : Top Researchers Debate Unconventional Monetary Policies

…, Paul Krugman, Distinguished Professor at the City University of New York and a New York Times columnist, assessed the results of unconventional monetary policies and contended that such policies had not been a game changer, as initially hoped.

9月のNYTのコラムでも

http://www.nytimes.com/2015/09/11/opinion/paul-krugman-japans-economy-crippled-by-caution.html 

Well, the answer currently being tried in much of the world is so-called quantitative easing.

But is this sufficient? Doubtful. 

What’s remarkable about this record of dubious achievement is that there actually is a surefire way to fight deflation: When you print money, don’t use it to buy assets; use it to buy stuff. That is, run budget deficits paid for with the printing press.

と、量的緩和の効果に疑問を呈し、確実なデフレ脱却策としてマネタイゼーションによる財政出動を提唱しています。

日本に対しても、

http://krugman.blogs.nytimes.com/2015/10/20/rethinking-japan/ 

The only way to be at all sure of raising inflation is to accompany a changed monetary regime with a burst of fiscal stimulus. 

When you print money, don’t use it to buy assets; use it to buy stuff. That is, run budget deficits paid for with the printing press.  

What Japan needs (and the rest of us may well be following the same path) is really aggressive policy, using fiscal and monetary policy to boost inflation, and setting the target high enough that it’s sustainable. It needs to hit escape velocity.

と、「脱出速度」の達成に必要な大規模な財政出動マネタイゼーションで支援することを勧めています。

脱出速度とは、低水準のトラップから高水準の均衡に遷移するために必要なエネルギーを意味していると思われます。

TIME ON THE CROSS: CAN FISCAL STIMULUS SAVE JAPAN? (Japanese) (←全文を読むことを推奨)

所得の均衡水準は複数出てくることになる。…高水準の均衡(おそらくは完全雇用を上回る産出になって、これで金利もゼロから浮上して、まともな金融政策が回復するようになる)と、低水準のトラップだ。

大規模な財政・金融の合わせ技によって低い均衡から高い均衡に移行する前例としては、第二次大戦時のアメリカを念頭に置いていると考えられます。

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しかしながら、これが現在の日本のモデルケースになるとは考えにくいことです。

その理由の一つは、当時のアメリカほどの余剰供給力が現在の日本には存在しないと考えられるためです。アメリカの実質GDPは1940年から1944年までの4年間で1.8倍(年率+15%)に急拡大しましたが、これはMobilization前のアメリカ経済に巨大な余剰供給力が存在していたことを示しています。

一方、現在の日本では失業率は低下し、高齢者や女の労働参加率も高まっています*2。この状況で"burst of fiscal stimulus"を行っても、早々と供給制約に突き当たってしまうでしょう*3。「2020年に名目GDP600兆円」を本気で信じている人もほとんどいないようです。

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jp.reuters.com

www.wsj.com

もう一つの理由が人口動態です。1940年のアメリカと2015年の日本の総人口は約1.3億人でほぼ同じですが、日本が減少トレンドにあるのに対して、当時のアメリカは長期トレンドにありました(現在は約3.2億人)。大戦後のベビーブームが予測されていなかったにせよ、人口の見通しが日米で正反対であることは間違いありません。

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実は、クルーグマンも「十字の時:公共投資で日本は救えるか?」で

多くの経済学者は、第二次世界大戦の戦時支出が終われば、アメリカは大恐慌時代の状況に逆戻りすると考えていた。この考えをもとに「secular stagnation」仮説学派が誕生したくらい。ところが実際は、一回大恐慌からつつき出されたら、アメリカはもとには戻らなかった。これを説明するには、上の図みたいなお話があり得るかもしれない。

でも、1990 年代の日本がこれと同じケースだと論じるのは、かなり苦しいものがある。まあそれが絶対ないとは言わない。でも、少なくとも同じくらいの可能性として、日本は金利ゼロでも構造的に貯蓄が投資を上回るようになっているという説もあり得る。このほうが可能性は高いかもしれない。もしそうなら、一時的な景気刺激策は一時的な結果しか生み出さないだろう。

と分析していました。クルーグマンの分析当時よりも人口動態が改善していないことも考慮すると、一時的な景気刺激策(burst of fiscal stimulus)は一時的な結果しか生み出さないだろうということです。

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結局のところ、

の状況で大規模な財政・金融政策を実施しても、刹活孔を突くような結果に終わりかねません。それよりも、当初の意図に反して日本経済を停滞させてしまった構造改革を巻き戻すことが効果的でしょう。 

diamond.jp

日本経済を「賃金の上がらない」構造と体質へ十数年にわたって改革し、その構造と体質が日本経済を長期低迷へ追い込んだ悪循環の因果関係は疑う余地もなく、この事実と現実に対する現状認識への欠如が的外れの元凶である、と筆者は確信している。

経済成長の鍵を握るのは雇用者の所得であり、その所得の伸びが70年代半ば以降低下し続けたため、今日の長期停滞をもたらしたのである。

雇用者所得の増加を抑制してきた主因は、「企業による労働分配率の不当な抑制」、「労働生産性の上昇率が低く、したがって所得の伸びも低い産業による雇用吸収」という構造的要因である。

雇用者所得の増加を抑制してきた二つの構造的要因は、金融政策によっては解決できない。

これらの知見から導かれる長期停滞脱却のために有効な政策は、財政の所得再分配機能に訴えて所得格差を是正し、個人消費を活性化させることである。現在進められている経済政策「アベノミクス」の思想にはこうした認識が欠けているように思われる。

賃上げはなぜ必要か: 日本経済の誤謬 (筑摩選書)

賃上げはなぜ必要か: 日本経済の誤謬 (筑摩選書)

実は本書の随所で説明したように、日本のマクロ経済の元凶は、考えられているほど悪くありません。…将来を悲観してヒステリックになる必要はなく、企業の余剰資金を家計に返して需要不足を解消し、粛々と少子化対策を打っていけばよいのです。

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「景気が悪い」のは家計部門であって、企業利益は空前の高水準にあります。ここで法人税減税&消費税増税することは、強きを助け弱きを挫く逆噴射政策です。

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脇田成はこれまでの政策論を以下の二つに分類していますが、

A 企業を支援し、規制緩和を行って、市場化を徹底し、国際化に活路を求める解決策 

B 「格差」問題を重視し、再分配政策など政府が介入の度合いを強め、内需を高める政策

Aの行き詰まりが見えた今、財政・金融政策で一発逆転を夢見るよりも、Bを真剣に考慮する時ではないでしょうか。*4

totb.hatenablog.com

クルーグマンのコラムを読んでその解釈を競う暇があったら、『賃上げはなぜ必要か』や『日本経済の構造変化』を読んだほうがはるかに建設的です。

totb.hatenablog.com

totb.hatenablog.com

*1:「期待インフレ率」なるものが机上の空論だったこと。詳しくは「クルーグマンと吉川洋の期待インフレ率に関する一致」で。

*2:今の日本は「decent workが不足」しているものの、「仕事が無い」訳ではありません。

*3:財政出動するべきではない、という意味ではないので念のため。

*4:それに気が付く野党があればよいのですが、まあ無理でしょう。