Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

クルーグマン・ヴューからの脱却

バブル崩壊後も拡大を続けてきた名目GDPがピークを打ったのは、消費税率引き上げ(3%→5%)、アジア通貨危機金融危機と続いた1997年でした。この年が日本経済の分水嶺だったとしてもよいでしょう。

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その翌年の1998年には、クルーグマンが"Japan's trap"で日本経済の不調を分析して対策を示しました。この見方によると、日本銀行の「より高いインフレ目標・より多いマネタリーベース」が、日本経済を持続的成長へと回復させます。この見方の影響力の大きさは、その後の執拗な日銀批判を経て量的・質的金融緩和へと至ったことが示しています。

ところが、当のクルーグマンが先月のNYTのコラム"Rethinking Japan"で認めたように、金融危機が一段落した2000年代前半以降の日本経済は、デフレにもかかわらず人口要因を調整すると米欧よりもむしろ良好なパフォーマンスを実現しています。

また、

  • 企業利益は史上最高水準
  • 失業率金融危機前の水準まで低下
  • 量的・質的金融緩和による実体経済の顕著な改善はみられない

ことなどは、クルーグマンの見方よりも、脇田成の「企業の金融危機対策モードが"new normal"になってしまった」という見方に説得力を与えます。

1997~98年の金融危機に際して、企業は防衛のために

  • 投資よりも借入返済や内部留保を厚くすることを優先(→企業部門資金不足から資金余剰に)
  • 人件費を抑制(→家計消費の原資の抑制)

金融危機対策モードを取りました。これが株主重視経営の浸透も影響して金融危機解決後も継続していることが、経済全体の拡大のブレーキ(さらにはデフレ要因)になっているわけです。

jbpress.ismedia.jp

日本の企業部門の貯蓄過剰はその規模ゆえに独特だ。日本経済が抱える難題に切り込もうとするなら、この事実から始めなければならない。

blogos.com

かつては日本の個人消費の低迷は社会保障制度の持続可能性に対する将来不安などを背景とした過剰貯蓄が原因と言われることが多かったが、もはや消費の原資となる所得が足りないことが問題であることが明らかとなっている。企業に滞留する余剰資金を家計に還流させることにより所得の増加を伴った個人消費の回復につなげることが経済活性化のためには不可欠である。

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実際、法人企業統計調査の全産業(金融業、保険業を除く)の主要項目を1993年~97年度平均と2014年度で比較すると、経常利益は2.6倍配当金は4.2倍に大きく増加しているのに対し、人件費と設備投資はむしろ減少しています。

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意図の有無は別として、結果的にはショック・ドクトリンが実践されたようなものです。

クルーグマンは爆発的な財政出動に「もっと高いインフレ率・もっと多いマネタリーベース」を組み合わせることを日本に求めていますが、この「もっともっと」の量的拡大策よりも、脇田の質的改革案こそ考慮するべきではないでしょうか。*1

賃上げはなぜ必要か: 日本経済の誤謬 (筑摩選書)

賃上げはなぜ必要か: 日本経済の誤謬 (筑摩選書)

企業の余剰資金を家計に返して需要不足を解消し、粛々と少子化対策を打っていけばよいのです。

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 「もっともっと」と言えば法人税率もです。

jp.reuters.com

税率の引き下げを1年前倒しし、企業の設備投資や賃上げを促す。

上のグラフに示しているように、法人税率は既に大きく引き下げられましたが、人件費と設備投資の増加につながったようには見えません。これ以上の引き下げがなぜ賃上げや設備投資増加を誘発するとされるのか疑問です。

リチャード・クーの「もっともっと」の評価が妥当に思えます。

The Holy Grail of Macroeconomics: Lessons from JapanÂs Great Recession

The Holy Grail of Macroeconomics: Lessons from JapanÂs Great Recession

…, imagine a patient in the hospital who takes a drug prescribed by her doctor, but does not react as the doctor expected, and, more importantly, does not get better. When she reports back to the doctor, he tells her to double the dosage. But this does not help, either. So he orders her to take four times, eight times, and finally a hundred times the original dosage. All to no avail. Under these circumstances, any normal human being would come to the conclusion that the doctor's original diagnosis was wrong, and that the patient suffered from a different disease.

ケインズが生きていれば、安倍総理大臣に同じようなことを言っているのではないでしょうか。

デフレ不況をいかに克服するか ケインズ1930年代評論集 (文春学藝ライブラリー)

デフレ不況をいかに克服するか ケインズ1930年代評論集 (文春学藝ライブラリー)

あなたが緊急度に違いがあることを正しく理解しているのか、目標に混乱はないのか、そこに血迷った人や変人からの助言が含まれていないのか、われわれは疑っている。*2

雇用、利子および貨幣の一般理論〈下〉 (岩波文庫)

雇用、利子および貨幣の一般理論〈下〉 (岩波文庫)

経済学者や政治哲学者の思想は、それらが正しい場合も誤っている場合も、通常考えられている以上に強力である。…虚空の声を聞く権力の座の狂人も、数年前のある学者先生から〔自分に見合った〕 狂気を抽き出している。

jp.reuters.com

参考 

diamond.jp

diamond.jp

www.forbes.com

*1:結果論ですが、クルーグマンは議論の焦点を日銀と財政出動規模に絞ることで、ショック・ドクトリンをアシストしたように思えます。。

*2:ルーズベルト大統領への公開書簡」