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超過準備への付利批判~既得権益よりも危険な(緊縮)思想

日本銀行が超過準備に利息を付していることへの批判が絶えませんが、その根底には、銀行が既得権によって不当に儲けている、という誤った認識があるようです。 

toyokeizai.net

よく考えてみて下さい。余っているおカネに対して0.1%の金利を付けているのですよ。預金が年0.02%の利息だったとしても、この当座預金に預けるだけで、差し引きで0.08%の利ザヤを抜くことが出来るのですから、4行で755億円の利益という単純計算になります。いくら日銀が量的金融緩和をせっせと行ったとしても、銀行が経済を活性化させるために、そのおカネをどんどん社会に回そうなどとするはずがない。当座預金に放り込んでおしまいです。

この0.1%があるから、マネーストックが増えないのですよ。結局、この755億円部分は今回、マイナス金利にはならないわけですよね。これ、銀行の既得権みたいなものですよ。*1*2

イェレンFRB議長は先日の下院でのQ&Aで、このような見方が誤りであることを説明しています。

www.bloomberg.com

Doesn't paying interest on excess reserves encourage banks to hoard reserves?

The banks don't really decide how much reserves they have. The Fed controls the level of reserves by buying and selling Treasuries and other securities. (That's how reserves got so big in the first place.) So, no risk of hoarding.

But is it fair for the banks to be getting all those interest payments?

That's debatable, but here's the case: The Fed is earning interest on all those Treasury bonds it owns. So much interest that it's been forking over about $100 billion a year in profits to the Treasury each year, which helps narrow the federal budget deficit. You can think of the interest on excess reserves as the Fed's payment for the assets it bought. If it didn't pay any interest on reserves, it would essentially be getting those assets for free. Which also seems a bit unfair.

要するに、

  • 準備預金額を決めているのは銀行ではなくFed⇒超過準備が巨額なのは銀行が退蔵した結果ではない
  • Fedは必要以上の財務省証券を銀行から買い入れている⇒銀行の財務省証券からの利息収入が失われる⇒補償措置として超過準備に利息(IOER)を付けることは正当

ということです。中央銀行が超過準備に付す利息ばかりが注目されますが、同時に銀行の国債利息収入が減っていることは見落とされているようです。

日本でも、量的・質的金融緩和の結果、日銀の国債利息収入が急増しています。超過準備への付利がなければ、銀行は日銀に国債利息収入を奪われることになってしまいます(売却益は別)。*3

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「そもそも当座預金に利息が付くことがおかしい」という批判がありますが、当座預金への付利という異例のことは、日銀が必要以上に当座預金を供給するという異例のことの反映です。超過準備をなくせば付利の必要もなくなります。

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銀行の超過準備を削減するなら、日銀が売りオペして当座預金を吸収し、国債を銀行に戻せばよいだけですが、それは量的緩和の終了を意味します。*4

超過準備への付利に対する筋違いの批判は、1990年代後半から日本を覆う「無駄の削減」「既得権叩き」の空気から生まれているように思われます。自分には直接関係ない/理解できない他者の支出/所得は「無駄」あるいは「悪」なので、撲滅しなければならない、という観念です。これが、日本経済のパフォーマンスを悪化させている「悪」を撲滅すれば、事態が改善するという素朴な思想につながります。無駄や悪の温床とされた公共工事(主に土建)の半減が可能だったのも、この思想(空気)が支配的だったためと考えられます。

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よく考えれば、財政支出削減は景気悪化要因なのですが、それが多くの国民に支持されたのは、無駄や悪の撲滅は絶対善という素朴な観念があったからでしょう。政治家が未だに「公務員人件費2割削減」などと叫ぶのも、この空気が消えていないことの証拠です。何やら近世ヨーロッパの魔女狩りが思い出されます。*5

魔女狩り - Wikipedia 

「近世の魔女迫害の主たる原動力は教会や世俗権力ではなく民衆の側にあり、15世紀から18世紀までに全ヨーロッパで推定4万人から6万人が処刑された」と考えられている。

確実に言えることをまとめると、当時のヨーロッパを覆った宗教的社会的大変動が人々を精神的な不安に落としいれ、庶民のパワーと権力者の意向が一致したことで魔女狩りが発生したということである。

国民全体が「誰かの所得を既得権と決めつけて削減させる」ことは、自分たちの所得を底無しに減少させる方向に作用します。「正義」を遂行すればするほど貧困化が進む悪循環です。

善悪の彼岸 (光文社古典新訳文庫)

善悪の彼岸 (光文社古典新訳文庫)

これまで地上で宗教的神経症が発生したところでは、三つの危険な養生法が結びついていたことを確認できる。孤独と断食と性的な禁欲である。

未だに「●●叩き」が流行る日本社会は、過激派やカルトの構成員が互いに「総括」を繰り広げて自滅した道を歩んでいるように見えてしまいます。やはり、ケインズの「既得権益よりも思想(ideas)の方が危険」との指摘は正しかったようです。

I am sure that the power of vested interests is vastly exaggerated compared with the gradual encroachment of ideas. […] But, soon or late, it is ideas, not vested interests, which are dangerous for good or evil.

totb.hatenablog.com

totb.hatenablog.com 

参考

「銀行はリスクを恐れずにもっと貸し出せ」という人は、日本振興銀行新銀行東京の失敗を知らないのでしょうか。そもそも1980年代にリスクを恐れずに貸し出したことが、不良債権の山と1997-98年の金融危機を招いたのですが。

金融維新―日本振興銀行の挑戦

金融維新―日本振興銀行の挑戦

凋落 木村剛と大島健伸

凋落 木村剛と大島健伸

日銀エリートの「挫折と転落」--木村剛「天、我に味方せず」

日銀エリートの「挫折と転落」--木村剛「天、我に味方せず」

www.nikkeibp.co.jp

今から6、7年前のこと。貸し渋りを続ける銀行を俎上に乗せ、メディアが激しい銀行批判を繰り返したことがあった。ご記憶の方も多いと思うが、簡単にいえばそれは「銀行悪玉論」だった。

そんな状況のなか、「いまの銀行は、やれ担保だ保証人だと、うるさいばかりだ。そうしたものがないと融資をしないものだから、優秀で将来性のある中小企業の芽を摘んでしまうことになる」という意見がでてきた。「そうした銀行は臆病者で能力が低いから、中小企業に貸せないのだ」という議論である。

gendai.ismedia.jp

ミドルリスクミドルリターンは絵に描いた餅で、「ハイリスクローリターンがあるばかり」という業績不振企業の現実の前で、金融業の経験のない木村は立ち止まらざるを得なかった。

sankei.jp.msn.com

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↑ この本はお勧めです。

*1:下線は引用者、以下同。

*2:これで「プロ」としてやっていけるのも既得権みたいなものです。

*3:日銀の利益は国庫に納付されます。

*4:超過準備を激増させることが量的・質的金融緩和です。超過準備を激増させるのは、それが企業や家計の予想インフレ率上昇→需要拡大につながると想定されているからです。

*5:一種の集団ヒステリーが20年近く続いているということでしょう。ヒステリーなので、理性が通じません。