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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

フェミとネオリベは同じ穴の貉~自由と平等が社会を壊す

霊長類学者によると、人間の繁栄のカギになったのは一夫一妻制です。多くの動物では、子孫を残すために雄同士が雌を巡って争うため、一致協力する集団(共同体)を形成できませんが、人間は女を獲得する男同士の競争を制限して各々の男に割り当てる一夫一妻制(核家族)を実現したことで、他の動物を圧倒する「集団の力」を手に入れることができたということです。

あなたのなかのサル―霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源

あなたのなかのサル―霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源

人間の社会組織には、

(1)男どうしのつながり

(2)女どうしのつながり

(3)核家族

という三つの特徴が並存している。(1)はチンパンジーと、(2)はボノボと共通しているが、(3)はヒトにしか見られない特徴だ。[…]私たちの祖先は、家庭というモデルを基礎にして、男も女も責任を果たし、安心していられる協力的な社会を築いていったのだろう。*1

セックス競争のなかで、いかにして協力を実現するか。この難問は、核家族の出現でいともあっさり解決した。核家族というシステムによって、ほぼ全員の男に生殖の機会が与えられたし、それがまた社会全体に貢献しようという励みにもなった。人間社会にしか見られない高度な協力体制は、一夫一婦制が実現の鍵を握っていた。

女の獲得だけを考えれば、winner-take-allになる自由競争が強い男にとって理想的ですが、それでは他の男と敵対関係になり協力が得られないため、女以外に得るものが減ってしまいます。強い男が女の独占(一夫多妻)を放棄するのと引き換えに他の男の協力を得るwin-win関係の構築が、女以外の価値あるものの獲得を可能にし、人間を繁栄に導いたわけです。まさに「損して得取れ」です。

女の獲得が完全自由競争ではない集団においては、「稼ぎ*2」も完全自由競争ではなく分配の色合いを帯びることになります。

  • 集団が協力して「稼ぐ」→「稼ぎ」は分配されるのが自然
  • 集団の結束には各々の男が妻子を養えることが必要→養えるだけの「稼ぎ」を保証する必要(家族給の発想)

女を巡る競争の制限と「稼ぎ」を巡る競争の制限は一体ということです。

いまでこそ社会生活と性生活はきっちり線引きされているが、人間が進化する過程では、この二つはしっかりからみあっていたのである。

経済学では一般的に、競争の制限と割当は非効率な「悪」とされますが、その「悪」こそが人間の大成功の鍵だったわけです。

このシステムの弱点は、

を排除できないことです。

ボーヴォワールは語る―『第二の性』その後 (平凡社ライブラリー)

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私は幸運でした。私は出産や家事の義務など女性を隷属させるいろんなものをまぬがれていましたから。

個人的な面では、一番大事なことは働くことです。そしてできれば結婚を拒否すること。

これらの不満が「自由こそ絶対正義」という(ネオ)リベラル思想によって正当化され、支配的イデオロギーになると、必然的に社会の持続安定性が脅かされることになります。男の経済格差拡大→結婚できない男の増加→非社会的・反社会的な男の増加/少子化となるからです。。

president.jp

世帯を養える賃金を男1人に払う家族給に支えられた 「男性稼ぎ主モデル」こそ、女性差別の根源なのですよ。

正規雇用者の給料を下げて、夫に600万円払っているのなら、夫に300万円、妻に300万円払うようにすれば、納税者も増えます。

自分の満足のためなら、“安心していられる協力的な社会”とその基礎にある家族を破壊しても構わない」という反社会性利己主義ネオリベとフェミには共通しますが、両者が平等社会を壊す共犯関係にあることは、上野千鶴子が10年前に指摘しています。

バックラッシュ!  なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?

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男女共同参画社会は、新自由主義的なベクトルとフェミニズムとの妥協の産物だ」というのは、100パーセント正しいと思います。

新自由主義的なサクセスに対して、負け組の依拠する文化的なシンボルは、ズバリ家族共同体です。バックラッシュ派…の根っこにあるのは家族と共同体の価値、それがキーワードだと思います。伝統的に見ると、家族と共同体というのは、最後のセキュリティ・グッズでした。このセキュリティ・グッズが崩壊していくことに対する、断末魔の悲鳴がバックラッシュの正体なのではないでしょうか。*4

フェミとネオリベの連合軍が家族と共同体の破壊を狙っていることがよく分かりますが、そもそも人間の繁栄の鍵は家族と共同体を両立させたことなので、このままフェミ&ネオリベ路線が続けば、社会が「壊れる」ことはほぼ確実です。*5

たとえば、リベラルはよく「子供は社会で育てる」と主張しますが、父になれなかった=子育ての共同体から排除された男が、互酬性の原理に反するそのような都合の良い主張に賛同するはずがないでしょう。*6

人間は男に繁殖と育児の役割を与えて父親を作ったからこそ、女も繁殖と育児の両立が可能になった。だから、女も男も家族と共同体に同時に参加できる社会を作ることができた。えこひいきと互酬性を男女ともに使い分けられるようになった。「父という余分なもの」を利用して親の役割を虚構化し、子育てを共同体内部に拡大して、共同に基づく社会を作ったのである。*7 

人間がゴリラと違うのは、自分が属する集団に強いアイデンティティーを持ち続け、その集団のために尽くしたいと思う心である。[…]そのアイデンティティーと共感力が失われたとき、人間は自分と近親者の利益しか考えない極めて利己的な社会を作り始めるだろう。父親を失いつつある日本社会は、その道をひた走っていないだろうか。

自由競争や男女平等というスローガンを聞かされると、現代人の多くは自動的に支持してしまうようですが、それが自分たちの生活を破壊しているとはなかなか気付けないようです。*8

米欧ではエリートが推進してきたリベラル・グローバル化路線に対する大衆の反発が強まっていますが、日本人がその段階に到達するのはまだまだ先になりそうです。

気付いた時には既に手遅れのような気がしますが。

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追記

jbpress.ismedia.jp

どちらの党にも無視され、グローバル化の悪影響でも割を食ったブルーカラーの白人たちは意気消沈した。米国では史上初めて、白人の平均寿命が短くなっている。

傷口に塩を塗るかのごとく、白人の貧困層だけはいまだに物笑いの対象になっている。ポリティカル・コレクトネス(政治的な公正さ)のルールからも外されている。 

フェミとネオリベは「普通の白人の男」を敵視、あるいは無視・軽視することで一致します。両者が同じ穴の狢であるのは、米欧でも同じです。

totb.hatenablog.com

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おまけ

toyokeizai.net

資本主義とは、動物の生存競争そのものだと私は解釈している。競争に負けるのは、必然的な理由がある。その結果、その種は“淘汰”され、環境に即した生態系が維持される。それを無理に歪めると、生態系が破壊される。このルールと資本主義はまったく同じでないか。 

「動物の生存競争そのもの」を実践することは、人間社会を猿社会に退行させることに他なりません。安直なダーウィニズム礼讃は破滅への思想です。

SFドラマ 猿の軍団 デジタルリマスター版 DVD-BOX

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*1:強調は引用者。

*2:大昔は主に食料、現代ではカネ。

*3:女にとっての一夫一妻制のメリットは、自分と子供の保護と世話をしてくれる男を確保できることです。なので、別の“誰か”を頼れるようになれば、より「優秀な遺伝子の男」の子を産める一夫多妻制が望ましくなります。保育園の整備などにより、夫の代わりに社会システムを頼れるようになったノルウェーで時間差一夫多妻化が進んでいるのは必然と言えるでしょう。

*4:[引用者注]ルサンチマンを抱える人間にありがちな破壊願望が滲み出ています。フェミニズムルサンチマンを原動力とする一種の破壊運動ということでしょう。

*5:(ネオ)リベラルが移民受け入れに積極的なのは、社会の結束・連帯感を弱めるのに有効だからでしょう。

*6:むしろ、ルサンチマンが至る所で爆発するように思えます。

*7:山極寿一「父親不在の日本社会」毎日新聞2014年12月21日

*8:男女差別せよという主張ではないので念の為。