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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

企業に表では賃上げ・裏では賃下げを迫る政府

内部留保と賃上げに関する記事があったので、財務省「法人企業統計調査」の全産業(金融保険業を除く)のデータに基づいて考察します。

mainichi.jp

金融危機のあった1997-98年度が決定的な転換点だったことは明白です。

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1998年度末と2015年度末を比較すると、

  • 資産合計+280兆円
  • 負債  -104兆円
  • 純資産 +384兆円

と、deleveraging&純資産積み上げが顕著です。

資産増加の内訳は

  • 現金・預金 +67兆円
  • 投資有価証券+194兆円
  • その他計  +19兆円

となっています。利益剰余金+247兆円と、現預金と投資有価証券(主に株式)の計+260兆円が対応しています。

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現預金について経済界は「適正範囲」と主張しているとのことですが、

15年度の現金と預金は前年度より約14兆円増えたが、経済界は「企業(全体)の運転資金の1.6カ月分。適正範囲を超えた水準ではない」(経団連榊原定征会長)と主張している。

過剰感は否めません。

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toyokeizai.net

貸借対照表の中で短期的に最も重要な指標、それは「手元流動性」です。……「手元流動性」とは、簡単に言いますと、すぐに使うことのできるおカネを月商で割ったもので、「(現預金+すぐに売れる資産+すぐに借りることのできる資産)÷月商」という計算式で出すことができます。

手元流動性は、一般的に大企業で1カ月分強、中堅企業で1.5カ月分、中小企業だと1.7カ月分ほど持っていれば安全だと言えます。

有形固定資産と投資有価証券の比較からは、企業が事業投資を金融投資に切り替えたことが見て取れます。

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人件費抑制・設備投資抑制・金融投資急増は、1998年頃を境に企業の行動原理(経営の基準)が転換したことの表れということです。日本銀行の「資金循環」によると、非金融法人企業の資金フローは対GDP比10%も変化していますが、これが政府部門であれば強烈な緊縮策に相当することが理解できるでしょう。

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デフレはこの「緊縮策」の結果であって原因ではないので、日銀の金融緩和では行動を変えられません。

この時期から、企業は資本効率・利益率重視に変化しています。4%成長していた1980年代のROEを、1%成長の21世紀に達成することが企業の目標になったことが、企業を「人件費と設備投資を抑制して浮かせたカネを高利回りの海外に投資」に向かわせています。

内部留保の使い道を正確に把握するのは難しいが……もうけを海外への投資に注ぐ姿がうかがえる。

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f:id:prof_nemuro:20161107184432g:plain3月の国際金融経済分析会合に出席したクルーグマンによると、

麻生財務大臣

The record high earnings have been generated by the Japanese companies but they would not spend in the capital investment. There are lots of earnings at hand on the part of the corporate in Japan. It should be used for wage hike or dividend payment or the capital investment, but they are not doing that. They are just holding onto their cash and deposits. Reserved earnings have kept going up. *1

と、企業の利益が増えれば①賃上げ、②増配、③設備投資に向かうはずとの認識を示したそうですが、実現したのは②増配だけです。企業は漫然と現預金を抱え込んでいると言う認識も正しくありません。高利回りを求めて金融投資を増やすという第四の選択肢を見落としています。

以上を整理すると、

  • 低成長経済で利益率を高める→人件費と設備投資抑制が不可避→それが経済成長率を引き下げる悪循環
  • 当期純利益は増える→配当を増やす→残りは金融投資に回す(→内部留保増加)
  • 有望な投資先があれば株式取得、見つからなければキャッシュポジションに

という構図です。企業が目標とする利益率の水準が高まったことが、家計消費と設備投資を抑制して内需拡大を妨げていることになります。言い換えると、企業の「質」志向が経済の量的拡大=成長を妨げているわけです。

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安倍晋三首相は「経済界全体に賃上げの動きが広がることを期待する」と述べており、経済界代表も交えた働き方改革実現会議などで迫るとみられる。

とのことですが、政府が(投資家を通じて)企業に求めている「高ROE経営」が、企業の資金余剰を促進する経済の好循環のブレーキになっていることは理解できていないようです。*2

危ういROEブーム (週刊エコノミストebooks)

危ういROEブーム (週刊エコノミストebooks)

ROEという用語が使われた新聞記事が最も多かったのは1997年であり、それ以降、日本企業がROE経営を進めてきた結果、経済全体のパイが縮小したという見方もできる。*3

パイが一定なら、「ROEを上げよ」「賃金を上げよ」という両方の要求を実現するのは無理。であれば、声の大きいほうが勝つ。*4

詳しくは関連記事をどうぞ。

totb.hatenablog.com

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デフレの真犯人 ―脱ROE〔株主資本利益率〕革命で甦る日本

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ROEが奪う競争力 ―「ファイナンス理論」の誤解が経営を壊す

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日本経済を壊す会計の呪縛 (新潮新書)

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*1:下線は引用者。

*2:と書きましたが、企業を株主重視・高ROE経営に転換させた仕掛け人は、このことを理解しているように思われます。仕掛け人の狙いの一つは、人件費抑制によって日本を格差社会に改造することなのでしょう。

*3:北野一の発言。

*4:[引用者注]声の大きいほう=株主