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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

「『1人あたり』は最低」ではない日本経済の伸びしろ

「『1人当たり』で比較すると日本経済は最低」という挑発的な記事ですが、データ解釈に疑問があります。*1

toyokeizai.net

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論

世界銀行の高所得(high income)国・地域のデータに基づいて検証します。日本は赤、他のG7諸国は黄緑で表示します。

1人あたりGDPは先進国最下位(世界第27位)

1人当たりGNI(Atlas method)を比較すると、「先進国」の範囲によりますが最下位とは言えません。

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1人あたり輸出額は世界第44位

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ルクセンブルク等が突出しているので、5位のスイスから表示します。

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G7で日本の次に少ないのはアメリカですが、両国に共通するのは輸出の対GDP比が低いことです。人口が多い国は多種多様な産業を抱えられるため、人口が少ない国よりも貿易依存度が低くなる傾向があります。

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ヨーロッパ諸国の1人当たり輸出額が多いのは、経済統合を進めた結果、貿易が日本やアメリカの国内取引に近いものになっているためです。各国が地理的に近いことも貿易が多くなる一因です。*2

要するに、1人当たり輸出額は「経済の実力」とはほとんど無関係ということです。なので、

「ものづくり大国」を名乗りながら、1人あたり輸出額は世界第44位と言われて、悔しくないですか。

という挑発は的外れです。アトキンソンはアメリカ人に「1人当たり輸出額は世界第42位と言われて、悔しくてないですか」、あるいはドイツ人に「オランダやベルギーに負けて悔しくないですか」と聞いているのでしょうか。

1人あたり製造業生産額はG7平均以下

ということですが、付加価値(value added)ではドイツに次ぎます。

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1人あたりのノーベル賞受賞数が世界で第29位というのは、悔しくないですか。

も、2000年以降の自然科学分野*3ではアメリカ、イスラエル、イギリス、スウェーデンに次ぎます*4。1901年からの累計値に基づいて現在の日本を論じることはナンセンスです。

1人あたりメダル獲得数は世界第50位

も、黒人や白人に比べて肉体的(遺伝的)に不利なことに加え、韓国ほどマイナースポーツで荒稼ぎしていないことを考慮すると、卑下する順位でないでしょう。*5

アトキンソンのデータ解釈は、元銀行アナリストとは思えない粗雑なものと言わざるを得ません。*6

とはいえ、日本経済が落ちぶれてきたことは否定できない事実です。

1人当たりGNI(Atlas method)を1990年からデータが揃っている39か国で比較すると、日本の順位は1998年から下がり始め、「史上最長の景気拡大期」に急落しています。

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購買力平価(PPP)ベースの比較では、1997年から2001年にかけて急落しています。

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どちらの指標も、日本の転落の原因がバブル崩壊ではないことを示しています。円安が牽引した「史上最長の景気拡大」が順位上昇につながらなかったことも重要です。

金融危機が起こった1997-98年からの急落の主因は、異常なまでの賃金抑制にあります。次のグラフは購買力平価換算の平均賃金ですが、1人当たりGNIの低下と一致しています。

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 「生産性は世界第27位」と言われて、悔しくないですか。労働者1人、1時間あたりで計算すると、イタリアやスペインすら下回ります。「先進国最下位」の生産性と言われて、悔しくないですか。

ということですが、金融危機以降の日本経済の特異性は、生産性の低さではなく、生産性上昇が賃金上昇に反映されないことです。

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主要国の労働生産性、時間当たり賃金、単位労働コストの1998→2014年の変化率(年率)を比較すると、日本は生産性上昇率は高いものの、賃金上昇率が極端に低い(マイナス)ことが分かります。

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その原因が、企業を利益最大化・株主重視に向かわせた「構造改革」にあることも明らかです。

diamond.jp

その時々の政権が96年以降に繰り出してきた日本経済の構造改革政策が、日本経済の秩序をいわば「賃金の上がらない」構造へ改革し、体質化させてすでに久しく、その構造と体質が今や骨肉化して、今日に及んでいる事実と現実こそが日本経済の長期低迷の主因である、と確信している。

www.bloomberg.co.jp

潤沢な資金を持つ強者対安い賃金で働かされる弱者ー。国際通貨基金IMF)は日本の企業と被雇用者の関係をこのようにみる。労働市場のこの問題に対策を講じなければ日本全体が敗者になると、対日審査責任者のリュック・エフェラールト氏が指摘した。

同氏は東京でのインタビューで、日本の「労働者の賃金交渉力が弱くなり過ぎたことを懸念している。日本の労働市場は雇用主に有利な柔軟性が高くなり過ぎた」と語った。

blog-imfdirect.imf.org

心理学者の中山治は、日本人には壁にぶつかると正反対に振れる性質があると指摘していますが、

戦略思考ができない日本人 (ちくま新書)

戦略思考ができない日本人 (ちくま新書)

昨日までの「一億総特攻」が今日は「一億総懺悔」となるのがそれである。

大東亜戦争大敗北という壁にぶつかると、今度は「鬼畜米英」が一転して「ああ! マッカーサー元帥様!」となって、急にニコニコしてもみ手をしながら「平和主義者です」となるのが「作用・反作用の法則」なのである。

IMFも懸念する徹底した賃金抑制は、金融危機という大ショックによって日本が「株主重視のアメリカ型経営万歳」に振り切れたしまったためと考えられます。

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23年近く前の新日鉄の今井社長(当時)の言葉を借りると、

失われた〈20年〉

失われた〈20年〉

「企業は、株主にどれだけ報いるかだ。雇用や国のあり方まで経営者が考える必要はない」

「それはあなた、国賊だ。我々はそんな気持ちで経営をやってきたんじゃない」

94年2月25日、千葉県浦安市舞浜の高級ホテル「ヒルトン東京ベイ」。大手企業のトップら14人が新しい日本型経営を提案するため、泊まり込みで激しい議論を繰り広げた。論争の中心になったのが「雇用重視」を掲げる新日本製鉄社長の今井敬と、「株主重視」への転換を唱えるオリックス社長の宮内義彦だった。経済界で「今井・宮内論争」と言われる。 

企業経営者だけでなく、政財官学のエスタブリッシュメント全体が、儲けのためには国民生活を平気で犠牲にする「国賊」で占められてしまったのです*7。「国賊」が経済運営する国が荒廃して没落するのは必然です。*8

 アトキンソン

まだ日本は成長の伸びしろがあるにもかかわらず、この「勘違い」によって、成長が阻まれているのです。

日本の実績を「この程度」に押しとどめている原因を特定し、改革を実行すれば、日本は必ずや、劇的な復活を果たせるはずです。

と言っていますが、その原因は「日本がすごいという恐ろしい勘違い」ではなく、ネオリベラルの本家の米英よりも徹底した賃金抑制によって経済の好循環が停止したことや、その結果として「日本はダメな国」という恐ろしい勘違いが蔓延したことです*9。日本を復活させる改革とは、サッチャーのようなネオリベラル構造改革ではなく、「伸びしろ」を賃上げによって埋める復古的反ネオリベ改革になるでしょう。

そのような政治勢力が存在しないことが大問題なのですが。*10

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*1:『新・所得倍増論』は未読なので、この記事の内容に限って論評します。

*2:直線距離ではベルリン―プラハが東京―仙台、ベルリン―パリが東京―福岡、ドーバー海峡大隅半島種子島や新潟本土―佐渡島とほぼ同じ。

*3:無意味な文学賞、平和賞、スウェーデン国立銀行賞を除く。

*4:二重国籍や出生国と研究した国が異なる受賞者をどちらの国に含めるかで順位は多少変動する。

*5:女子レスリングは「荒稼ぎ」に該当と言えそうです。

*6:相手をひたすら否定するこの論法は、アナリストというよりもカルトのやり口そっくりです。

*7:それを決定づけたのが2005年の郵政選挙です。

*8:日本のように貿易依存度が低い国で内需の主な原資である賃金を抑制すれば経済成長は止まってしまいます。一般労働者を窮乏化させておきながら「内需が拡大しないから外国人を呼び込もう」というのは本末転倒です。

*9:アトキンソンに疑問を持たず、素直に納得してしまった人

*10:民進党は中核メンバーに自民党から飛び出した「改革派」や松下政経塾出身者が多いなどネオリベラル色が濃いため、民営化・公務員数削減・歳出削減・消費税増税など、より過激なネオリベ「改革」を自民党と競う傾向が見られます。