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Think outside the box

MAKE JAPAN GREAT AGAIN

シムズの事実誤認~日本経済はキャッシュ・カウ

リフレ派の教祖・浜田宏一が持ち上げたことで話題になっているクリストファー・シムズ教授ですが、新聞やテレビのインタビューを見る限り、「日本の財政政策の専門家ではない」ことはもちろんのこと、日本経済の実情を全く理解していないことがほぼ明らかです。

jp.reuters.com

筆者は、シムズ教授から直接話を聞く機会を得たが、教授自身、自分は日本の財政政策の専門家ではないと言及した点が印象に残った。*1

シムズは

物価の上昇によって税収を増やし、借金を返済すると国民に思わせることができれば、国民は貯蓄よりも投資や消費にお金を回そうとするだろう*2

と、消費低迷の原因が生活防衛的貯蓄の増加と考えていますが、家計貯蓄率はデフレが本格化した1990年代末から上昇ではなく急低下しています。消費低迷の原因が所得不足であることは日本の庶民には常識でしょう。

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また、

インフレを起こしてそれで政府債務の一部を返済すると宣言すれば、価値が損なわれる国債の魅力は弱まり、民間投資への資金の流れをつくることができる*3

と、銀行や機関投資家国債需要(安全志向)が強すぎることが民間投資を阻害していると言っていますが、企業は1990年代末から資金余剰を続けており、資金不足が設備投資の制約にはなっていません。金融機関は企業が負債を増やさないから消去法的に国債を買っているのであり、完全な事実誤認です。

診断が誤っている以上、その処方箋も誤っていると考えるのが妥当でしょう。

シムズが提唱する財政赤字拡大による(予想)インフレ率引き上げはケインズも主張していたことであり、景気を刺激することは間違いありません。

私の見解によれば、景気回復の問題は、物価水準の回復と不可分であり、私の理論が正しければ、同じ現象のもうひとつの側面にすぎません。投資を回復に導く同じ要因が、必然的に物価水準の回復をもたらすのです。*4

物価上昇それ自体を目的とし、その救済的価値を過大に強調することは、「回復」の手段としての物価の役割について、重大な誤解につながりやすい。総購買力の増加によって生産を刺激することが、物価上昇の正しい方途であり、その逆ではない。

このように、「回復」の初期段階における主要な原動力として、租税を通じての既存所得からの単なる移転ではない、公債によって資金調達された政府支出の購買力の圧倒的な力を、私は強調したい。*5

十分な規模の財政赤字が物価上昇を引き起こすことはジンバブエのMugabenomics第二次世界大戦時のアメリカなどで実証済みです。

www.economist.com

Gideon Gono, then governor of the Reserve Bank of Zimbabwe, claimed that “traditional economics do not fully apply in this country,” and said “I am going to print and print and sign the money…because we need money.”

The result was an increase in prices so swift that it was almost impossible to calculate the rate of inflation. 

totb.hatenablog.com

しかし、これが原因療法になり得ないのは、日本経済はデフレによる「不況の悪循環」に陥っていないためです。

かくして、不況の悪循環とは何かが明らかになります。すなわち、利潤が得られるのでないかぎり、資金を借りる意欲も、貸付ける動機も、生まれません。また、新規投資のための資金貸付が生じるようになるまでは、利潤は回復しないのです。*6

ケインズ以来、

  • デフレは企業収益を低下させる
  • デフレ脱却には企業の収益力回復が必要

とされています。

日本経済にいま何が起きているのか

日本経済にいま何が起きているのか

デフレ下では、企業の利益が上がらなくなる、あるいは、たとえ上がっても長続きしません

日本の突破口 ―経済停滞の原因は国民意識にあり

日本の突破口 ―経済停滞の原因は国民意識にあり

今回のような需要不足が大きな要因となっているデフレでは、企業の収益力を上げて雇用賃金を増やすことがデフレを確実に脱却し、その後ふたたびデフレに陥ることを防止する根本的な手段になります。

ところが、企業利益はリストラクチャリングが一段落した2003年以降急増してバブル期を大きく上回っています。

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金利が全般的に低下する一方でROEは急上昇。

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しかし、人件費と設備投資は抑制されたままです。

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日本経済の本当の問題は「デフレによる不況の悪循環」ではなく「企業が収益増を賃上げや設備投資に回さない」ことなのです。デフレはその結果に過ぎません。

未だに「デフレなので企業は設備投資よりも遊休資金積み上げ(→内部留保)に走っている」と誤認している人もいますが、急増する内部留保(利益剰余金)は「投資先がない」ことを意味しません。投資対象が有形固定資産から投資その他の資産(主に投資有価証券)に変化しただけです。

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投資の相当部分が海外に向かっています。

www.nippon.com

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なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)

なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)

世界のグローバル経済圏のプレイヤーにとって、日本はもはや魅力的な市場ではなくなった。市場の大きいところに立地したいと考えるグローバル企業にとって、日本は立地的にそれほど有利な場所ではなくなった。

グローバル企業の代表・トヨタ自動車も、海外生産の割合を2002年の34%から2016年には60%に高めています。豊田社長は2日に「我々もアメリカメーカーの一つじゃないですか」と発言しています。

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これらの企業行動は、グローバル化によってホームバイアスが弱まり、低成長部門=日本で稼いだキャッシュが他の成長部門=海外に投下されるようになったことを意味しています*7。企業が「日本部門をキャッシュ・カウに位置付けた」とも言えます。

長期投資道 (現代の錬金術師シリーズ)

長期投資道 (現代の錬金術師シリーズ)

キャッシュ・カウとは、人間に滋養を与えるミルクを生み出す牛のごとく、企業の滋養となるキャッシュ、つまり利益を生み出す部門である。

成長率がすでに低くなっている成熟部門であるため、それほど新規の投資は必要としない。その中で高いシェアを持っているため、企業にとっては華々しくはないが、しっかりと稼ぐ部門である。

この分野で生まれたキャッシュは他の成長部門に投下される。いわば「金のなる木」部門である。

techon.nikkeibp.co.jp

私たちのようなフラッシュメモリーのエンジニアは「低成長で将来性は低いが今は儲かるキャッシュ・カウ」として、原発などの他の事業のために黙々と利益を上げ続けろ、と経営者に言われたようなものです。

日本の労働者は「海外事業拡大のために黙々と利益を上げ続けろ」と、生産性上昇が反映されない賃金で働かされています。そのため、供給と需要が相互作用的に拡大していく経済の好循環(生産性上昇→賃金上昇→家計所得増加→家計消費増加→設備投資増加→生産性上昇→・・・)が止まっているのです。*8

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「日本を取り戻す」のであれば、海外に投下されるキャッシュを取り戻さなければなりませんが、「もはや国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました」が政治信条の安倍首相は国内投資よりも対米投資を優先するようです。*9

totb.hatenablog.com

これからいかに日本は米国に雇用を生み出し、そして米国に進出している日本企業も含めた米国産業界全体の生産性の向上あるいは競争力の強化に貢献をしていくんだ、あるいは雇用にどういう貢献をしていくのか、大統領が示しているインフラの整備に日本はどういう形で協力していくことができるか*10

政財界が"Japan First"でなくなったことが日本の長期停滞の根本原因であることを示す好例です。*11

安倍首相とは対照的に"America First", "Americanism, not globalism"を掲げるトランプ米大統領は就任演説で

For many decades, we’ve enriched foreign industry at the expense of American industry.

One by one, the factories shuttered and left our shores, with not even a thought about the millions and millions of American workers that were left behind.

The wealth of our middle class has been ripped from their homes and then redistributed all across the entire world. 

と、アメリカ企業のグローバル化が労働者・ミドルクラスの雇用と生活を悪化させたと述べましたが、過去20年間の日本で起こっているのも本質的には同じことなのです。

シムズ来日によって、これまでの日本銀行批判(金融緩和不足)が財務省批判(消費税率引き上げ)に移りそうな気配がありますが、「日本経済のキャッシュ・カウ化」という構造問題にメスを入れない限り、日本経済はじり貧(ミイラ化)を脱することはできないでしょう。*12

クルーグマンの出鱈目な思い付きに端を発した「リフレ政策」のような壮大な無駄を繰り返すようでは日本は終わりです。*13

totb.hatenablog.com

totb.hatenablog.com

totb.hatenablog.com

*1:強調は引用者、以下同。

*2:読売新聞(1月27日)

*3:日本経済新聞(1月29日)

*4:「失業の経済分析」

*5:ルーズベルト大統領への公開書簡」

*6:「経済不況のメカニックス」

*7:浸透圧による脱水作用のようなもの。日本経済は徐々にミイラ化しているわけです。

*8:グラフの黄緑線GDP per hour workedとunit labour cost (by persons employed)の積。

*9:ケインズ1920年代に、対外投資が過大なことがイギリス経済にマイナスになっているとして、その抑制や国内投資の促進を主張しました。

*10:2月1日衆議院予算委員会における安倍総理大臣の答弁。

*11:Brexitとトランプ大統領誕生は、非・自国第一のリベラリズムに対する庶民の反動です。

*12:日銀批判の説得力がなくなってきたために、今度は財務省を悪役にして構造問題の隠蔽を図る情報操作のようにも思えます。

*13:日本経済や企業の実情を見ずに、金融財政のモデルについてあーだこーだと議論している人々は、『解体新書』以前の漢方医のようなものです。現実よりもモデルの「正しさ」が重要なので、日本のことには無知だがスウェーデン国立銀行賞受賞者という「権威」に飛びつくのでしょう。