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1999年に予言されていた「失われた20年」

日本経済は1997年度から名目ベースで成長できなくなっていますが、その直接の原因は、企業部門が資金余剰を続けていることです。

このことは、政府部門に置き換えると理解しやすくなります。

フローでは毎年度「財政赤字」を続けていたものが、1998年度以降は平均約20兆円の「財政黒字」に転じています。

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ストックのネット負債はピークから330兆円も減少しています。

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企業部門の大規模な「財政再建」が強烈な景気下押し圧力として働き続けていることが、名目ベースでの成長を阻害しているわけです。

この企業行動の大転換を促した「財政規律」に相当するものが、資本効率を重視する経営規律(資本規律)です。

(参考記事⇩)

www.fujitsu.com

2014年に経済産業省がまとめた「伊藤レポート」にも

資本コストを意識したROE等の資本効率の向上はアベノミクスの第三の矢の中核として捉えられるべきであろう。

とありますが、このような考え方はアメリカ発の金融工学ファイナンス理論によって1990年代半ばから浸透してきました。

重要なことは、1990年代末の時点では、資本効率の向上がマクロ的には縮小均衡をもたらす危険性を政策当局が認識していたことです。

経済企画庁は1999年度の『経済白書』で、

自由化・国際化した資本市場からの圧力の高まりである。含み益の減少や株式の持合いの滅少は、経営者の裁量の余地を狭め、資本市場から企業の収益性が厳しく問われるようになってきた。 

企業は規模より収益性重視へと経営の重点を急速に移しており、これがリストラ圧力の高まりの背景になっている。

企業のリストラは当該企業にとっては体質改善につながる一方、経済全体では雇用削減などを通じて不況を深刻化させかねないというジレンマが存在している。

日本銀行も1999年7月の速水総裁(当時)の講演「日本経済の中長期的課題について」で、

2番目の構造問題は、経済のグローバル化が進み、外国人投資家による株式保有も増加する中で、従来のボリューム志向に代えて、利益率を重視する経営姿勢がわが国企業に広まりつつあるということです。*1

わが国の企業経営者が、以前に比べ収益性を重視する方向に変化してきていることは、経済企画庁のアンケート調査等にはっきりと表われています。景気の長期低迷が続き、マクロ的にみると売上高の増加がほとんど期待できない中で、企業がROA総資本利益率)やROE株主資本利益率)などの利益率重視に転換することは、ある意味で当然の流れではあります。

こうした資本蓄積によって、今や日本の1人当たりGDPが世界有数の水準にあることは、勿論、世界に誇るべきことだと思います。しかし、このことを資本の側からみますと、同じGDPを得るのに必要な固定資産の量が趨勢的に増加している、すなわち、資本の生産性が落ちているのです。わが国の資本の生産性が低下を続けているということは、資本の所有者が期待するリターンが低下し続けているということを意味し、先ほど申し上げたROA――これは、経済全体が生み出す付加価値の企業と家計の取り分が変わらないと前提すれば、資本の生産性と同じになるのですが、――その趨勢的な低下とも符合する動きです。このことは、投資家からみれば、「日本では資本が効率的に利用されていない」ということに他ならず、資本移動が自由化された下では、海外の投資家だけでなく国内の投資家ですら、日本企業への投資を躊躇するということになると思います。

と、グローバル投資家からの資本効率向上を求める圧力が、経済の縮小均衡をもたらす危険性を指摘していました。

速水講演の基になったと見られる日本銀行調査月報10月号の「資本効率をめぐる問題について」では、さらに詳しく分析されています。

企業が資本効率を強く意識するもとで、非効率な資本ストックを温存しつつ、新たな投資を抑制するという行動に走った場合には、結果的に資本生産性の上昇に結び付かずに、潜在成長率の低下を伴った経済の縮小均衡に繋がるリスクがある点に留意が必要である。

現実に企業が資本効率を重視するという前提のもとで、わが国経済がどのような経済展開となるかについて、考え方を整理してみたい。前述のとおり、資本効率の向上をマクロ的に捉えると、資本生産性(GDP/資本ストック)および資本分配率(営業余剰/国民所得)の引き上げということになる。企業側からみれば、前者を達成するためには設備投資の抑制(資本蓄積の抑制)、後者については人件費抑制によって対応する可能性が高く、このところ本格化している「企業リストラ」はそうした企業行動を表したものと考えられる。

その後の日本経済は、リスクシナリオ通りのコースを辿っています。

外国人投資家の株式保有はさらに増大して30%に達しています。

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この時期から効率性・収益性の低下が止まるか上向きに転じています。

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人件費と設備投資の抑制が利益率を向上させています。

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人件費が抑制されていることは物価にも表れています。リストラがほぼ完了して企業業績が拡大に転じた2003年度以降、サービスの財との相対価格の上昇が止まっていますが、これはサービスの原価に多く含まれる人件費が抑制されていることを意味します。人件費抑制によってサービス価格のインフレが止まったことがデフレの正体です。*2

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速水総裁は「海外の投資家だけでなく国内の投資家ですら、日本企業への投資を躊躇する」と指摘していましたが、「伊藤レポート」的な考え方では、企業も株主から預かった内部資金を運用する「投資家」であり、目標となる投資収益率は株主が期待する資本コスト(平均7%超)になります。

株主から見ると、内部留保は成長に向けた再投資の原資として有効活用されることが期待される。すなわち内部留保に対しては、将来収益(配当等)のためにROE 水準を維持するだけの利益成長が要求されている。

国内にそのような投資機会は乏しいので、必然的に、企業の投資は国内の本業(設備投資→有形固定資産)から海外企業のM&Aなど(対外直接投資→株式)にシフトします。

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国内の投資機会の乏しさを反映して国債金利が低下する一方で、大企業のROEは「伊藤レポート」が目標として示した8%に近づいています。

個々の企業の資本コストの水準は異なるが、グローバルな投資家と対話をする際の最低ラインとして8%を上回るROEを達成することに各企業はコミットすべきである。

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これは人件費抑制=労働分配率低下⇔資本分配率上昇によって達成されています。

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1999年の日銀の「予言」が的中していますが、問題は現在の政策当局が資本効率向上の弊害を全く意識していないことです。「伊藤レポート」にも、この縮小均衡路線の加速を急務とする能天気な記述が見られます。

マクロで見た経済状況が改善する中、日本経済を継続的な成長軌道に乗せていくためには、ミクロの企業レベルでの競争力を強化し、その収益力(稼ぐ力)を高めていくことが急務である。

この背景には、企業の唯一の目標は株主利益の最大化であるとする考え方(the dumbest idea in the world)に日本社会がすっかり毒されたことがあります。

www.forbes.com

下の記事は、日本の「体制」にとってのアウトサイダーだったアクティビスト(物言う株主)が、いつの間にかインサイダーになっていたことを示しています。

toyokeizai.net

18年前にファンドを設立した村上氏と、25年前から資本コストやコーポレートガバナンスの重要性を指摘してきた伊藤氏。投資家と研究者で立場は違うが、両者の主張には共通点が少なくない。

「資本効率の向上はアベノミクスの第三の矢の中核」であるなら、アベノミクスとは一般国民ではなくアクティビストのための経済政策になります。鎌倉時代の「御家人ファースト」に相当する「投資家ファースト」の政権ということです。*3

www.asahi.com

鎌倉幕府には大きく二つの潮流がありました。一つは幕府と主従関係を結んだ御家人の利益を最優先する立場の人たちです。御家人は全国に3千人ほどしかいませんから、人口1千万人の日本の中では超エリート層です。彼らをまとめておけば幕府は安泰と考えたわけです。もう一つの潮流は御家人以外の武士や農民、商人も含めた日本全体に責任を持つべきだと考える人たちです。

この二つの潮流の路線対立から、1285年に霜月騒動という幕府内の内乱が起きました。その結果、第2の潮流は滅ぼされ、幕府はいわば「御家人ファースト」の政権になってしまいました。幕府は御家人の利益となる政策を次々と採り始めます。

安倍首相は第三の矢の標的(つまりは一般国民の側)を「悪魔」と表現していました。*4

日本全体よりもグローバル投資家の利益を最優先してきたことが「失われた20年」の真相でした。*5

危ういROEブーム (週刊エコノミストebooks)

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*1:強調は引用者、以下同。

*2:クルーグマンは1998年にリフレ政策の基となる"Japan's trap"を発表しましたが、全くの見当違いだったことになります。

*3:第2の潮流=古い自民党霜月騒動郵政選挙。もちろん、歴史なので見方によって変わりますが。

*4:自身を絶対善、対立者を絶対悪と描く点では、キリスト教あるいはリベラルの世界観と似ています。安倍首相がウルトラ・リベラリストであることを示す一例でしょう。

*5:Andrew Smithersは米英でも株価目標経営が設備投資の抑制を通じて経済成長率の鈍化を招いていると指摘しています。日本のような大停滞に陥っていないのは、人口増加が続いているためです。