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MAKE JAPAN GREAT AGAIN

「観光立国」への疑問

政府(安倍政権)は2016年に策定した「明日の日本を支える観光ビジョン」で、訪日外客数を2020年に4000万人、2030万人に6000万人にする目標を掲げています。

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その現実性について考察します。

「フランス、アメリカ、スペインは7000~8000万人を超えているので6000万人でも決して多くない」という見方もありますが、注意しなければならないのは、これらの国々と日本の数字を単純に比較できないことです。

歴史的に一つの文明圏であり、各国が距離的に近く、近年では統合を一段と進めているヨーロッパの内部では、国境を越える敷居が日本に比べると著しく低くなっています。例えば、輸入の対GDP比は日本の約2倍以上ありますが、これはEU内部の貿易が日本の国内取引にほぼ相当することの反映です。

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モノではなくヒトの移動も同様で、フランスへの観光客約8400万人(2015年)のうちEU諸国が約6000万人*1、その他は2500万人で昨年の日本とほぼ同じです。

また、面積が日本の25倍、人口が2.6倍のアメリカへの観光客は約7600万人(2016年)でしたが、隣国のカナダとメキシコが各々約1900万人で、その他は3800万人にとどまります。

ヨーロッパやアメリカの観光客数は地理的・経済的・文化的・言語的に「距離が近い」、従って「受け入れコストが小さい」国々によって嵩上げされているのであり、これを単純に日本と比較することは適当ではありません。*2

政府与党に食い込んで観光立国を喧伝するデービッド・アトキンソンは、金払いの良いヨーロッパ人を呼び込むためにタイに学べ、と主張していますが、 

タイがヨーロッパ人に人気があるのは、

  • ビーチリゾート(ヨーロッパでは地中海沿岸)
  • セックス産業など「いかがわしい」楽しみ
  • バックパッカーが「沈没」できる環境

等の要素のためです。

日本はヨーロッパと北米以外で冬季オリンピックを開催した唯一の国ですが、これは裏を返せば、ヨーロッパ人にとっては気候・風土の面で魅力に欠けることを意味します。ビーチリゾートで南国と競っても勝てません。

アトキンソンはなぜか言及していませんが、タイがセックスツーリズムの中心地であることは常識です。さすがに、日本がかつての韓国の「キーセン観光」を真似することは論外でしょう。

タイの強みは日本が「謙虚に学べ」るものではありません。

さらに疑問なのは、労働力が足りるのかという点です。既に7月の有効求人倍率は1.52倍とバブル末期を超えています。

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中でも、観光業と同様、人手を要するサービスでの不足は深刻です。 

  • 家庭生活支援サービス 4.18倍
  • 生活衛生サービス  3.95倍
  • 接客・給仕 3.76倍
  • 介護サービス 3.56倍
  • 飲食物調理 3.13倍

今後の日本では生産年齢人口が減少していきますが、

  • 後期高齢者が増加に応じて介護労働者を増員
  • 技術力維持のために製造業などテクノロジー分野で技術者を育成

が求められます。果たして大量の外国人観光客の需要を満たすだけの労働力を確保できるでしょうか。

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容易に想像できるのは、訪日観光客が増える→日本人では対処しきれない→外国人がサービスを供給するという、需要と供給の両面で外国人が増える未来です。これまでは違法であっても、規制緩和によって合法化されていくことはほぼ確実です(そのための国家戦略特区)。

安倍首相が進める「高度な外国人材受け入れの拡充や永住要件の緩和」は、観光立国に貢献する外国人にも適用されるでしょう。日本の場所とリソースを提供して「能力にあふれる外国人」を儲けさせることが安倍首相の「動機」ということです。

もはや国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました。*3

日本を、能力にあふれる外国人が、もっと活躍しやすい場所にします。*4

高度な外国人材受け入れの拡充や永住要件の緩和、そして、東京オリンピックパラリンピックに向けた建設分野での外国人材の受け入れなど、我が国にとって必要な分野での外国人材の活用を積極的に進めていく考えであります。*5

このように疑問が湧いてくる「観光立国」ですが、これをビジネスにするレントシーカーであるアトキンソンは、

観光に対して批判的なコメントを寄せている方には酷なことを伝えるようですが、実は日本において、外国人観光客を呼ぶべきかどうかを議論する時期はとっくに過ぎてしまっています

さらに言うと、「観光立国」を目指すための観光戦略を推進していくという方針は、日本政府が明確に打ち出しているもので、もはや「国策」となっています

と、お上の決めたことには逆らうな(自分の商売の邪魔をするな)と日本人を説教(恫喝?)しています。GHQに間接統治されていた時代に戻ったようですが、これが「戦後レジームからの脱却」「日本を取り戻す」のダブルスピークなのでしょう。*6

www.sankei.com

竹田城跡は、「東洋のマチュピチュ」と日本人の間では知る人ぞ知る名所だったが、海外メディアに「霧でできた“雲海”に石垣が包まれて浮かび上がったようにみえ、まるで天空の城だ」と紹介されたことで外国人観光客が急増した。

雲海などの人気で急増した観光客が周辺を踏み歩き、2011年ごろから地表の草が失われて土壌が露出。根もむき出しになって樹勢が衰えていた。

totb.hatenablog.com

*1:陸路で行けるイギリス、ドイツ、ベルギー、ルクセンブルク、イタリア、スペイン、スイスだけで約5400万人。

*2:日本も近隣の中国・韓国・台湾・香港で7割強を占めますが、これらの国々との「距離」はヨーロッパの国同士ほど近くありません。

*3:2013年9月25日

*4:2014年5月1日

*5:2014年6月24日

*6:観光客が親日派になってくれると期待して「観光立国」を支持する能天気でnaïveな人もいるようですが、外人を甘く見過ぎです。タイに行って親タイ派になるヨーロッパ人や、台湾に行って親台派になる中国本土人がどれだけいるのでしょうか。