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2016年度の法人企業統計~内部留保が増える理由

財務省から2016年度の法人企業統計調査が公表されたので、全規模・全産業(金融業、保険業を除く)の動向をグラフで確認します。特に、誤解の多い内部留保について詳しく検証します。

売上高は前年度比+1.7%、人件費は+1.8%(+3.7兆円)と低い伸びです。

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ソフトウェアを除く設備投資も+0.6%(+0.2兆円)と低調ですが、経常利益は+9.9%(+6.8兆円)、当期純利益は+18.9%(+7.9兆円)と大幅増益です。

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人件費に対する利益の水準は統計開始以来の最高水準に達しています。

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企業の増益が人件費と設備投資の増加につながる「経済の好循環」が生じていない以上、「アベノミクスは失敗である」と言わざるを得ません。

大企業の業績回復の果実が、国内の中小・小規模企業、そして、その従業員の皆さんに、行き渡らないようであれば、アベノミクスは失敗であると、私は考えています。*1

設備投資の低調を反映して、土地と建設仮勘定を除いたその他の有形固定資産は-3.1兆円ですが、現金・預金は+11.0兆円、投資有価証券(主に株式)は+35.9兆円と金融資産が大幅増となっています。

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資本装備率(=その他の有形固定資産/従業員数)はピークの1998年度から27%も低下していますが、これは企業が資本と技術による労働生産性向上から低賃金労働者による「精神主義人海戦術に戦略を転換させたことを示しています。

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2011年度末以降、現金・預金+投資有価証券の増加が利益剰余金(いわゆる内部留保)の増加とほぼ一致しています。

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金融資産の積み上げなので、日本銀行の「資金循環」では資金余剰となります。資金余剰は金融危機(1997年11月)後の1998年度から継続中です。

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内部留保が(一部で)問題視されるのは、人件費や生産設備(←設備投資)と比べた増加ペースが異常だから、すなわち、現預金と投資有価証券の積み上げのために人件費と設備投資が抑制されているからです。

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この激変の背景には、企業経営の目標が株主利益の最大化・利益率重視に転換したことがあると考えられます。

その主因と見られるのが、高ROEを求める外国人株主からの圧力増大です。

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日本銀行ワーキングペーパー『賃金はなぜ上がらなかったのか?— 2002〜07年の景気拡大期における大企業人件費の抑制要因に関する一考察 —』*2では

外国人持株比率の上昇に代表される、近年の株主構成の変化は、株主の経営に対する監視を強め、従業員の取り分である労働分配率の低下をもたらした可能性が高い。

と分析されていましたが、実際、1990年代後半からの付加価値増加のほぼすべてが営業純益です。

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付加価値に占める人件費の割合(労働分配率)は第一次石油危機後の最低水準近くに低下する一方で、営業純益は高度成長期の水準にまで上昇しています。

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労働分配率低下の裏返しで、当期純利益の対売上高比と対総資産比(ROA)は高度成長期の水準に回帰しています。

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(⇩この記事で最も重要なグラフ)

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実質成長率が10%の時代の利益率を1%成長の時代に実現するためには、

  • 徹底したコストカット(特に人件費抑制、下請け叩き)→デフレ
  • 設備投資の絞り込み
  • 設備投資よりも高い投資収益率が期待できる「財テク*3

が必要となります。「財テク」の相当部分が、日本よりも成長率が高い海外(対外直接投資)に向かっていると見られます。

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国立国会図書館「調査と情報」の『企業の内部留保をめぐる議論』*4でも、

大企業の利益剰余金は現預金以外の投資に活用されていると考えられ、対外直接投資の増加や国内設備投資の低迷から推察すれば、特に、海外企業に対する投資に充てられていると考えられる。

日本企業の積極的な対外直接投資の現状を見ると、M&A を始めとする対外直接投資等の原資として戦略的に現預金を保有している企業も多いのではないかと推測される。

と分析されています。

総括すると、

  1. 高利益率を求める株主の圧力増大。
  2. 人件費を徹底的に抑制して高利益率を達成する。
  3. 配当金支払い後の残余資金の使途は国内設備投資よりも対外直接投資など「財テク」を優先する(→投資有価証券増加)。
  4. 株主が期待する投資収益率が見込める再投資先が不足しているため結果的に現預金が積み上がる。
  5. 投資有価証券と現預金の増加が利益剰余金の増加となる。

という構図、すなわち、企業が「株主利益の最大化+グローバリゼーション」を目指すようになった→人件費抑制と投資の海外流出→Secular Stagnationです。

日本経済の潜在成長率が低下しているにもかかわらず、企業に高度成長期並みの収益率を求めた結果、企業がいわば「がん細胞」と化し、自らの増殖(利益・純資産増)のために人体(日本経済)を衰弱させているわけです。*5

日本経済を復活させる「劇薬」と期待された金融ビッグバンは、

  • 勝者:大企業とグローバル投資家
  • 敗者:日本経済と労働者

を作り出した毒薬でした。*6

なお、「株主利益の最大化」の代わりにリベラルが金科玉条とする「反差別」を入れると、移民(≒低賃金労働者)の大量流入になります。ネオリベラルとリベラルは移民と女の社会進出によって労働者の賃金低下を目指す点で一致します。

まるで第三世界の途上国だ。石炭という資源を大企業に奪われ、利益は州外へ。白人労働者は捨てられた。帝国主義時代の植民地のようだ

グローバル化のせいで、今や米政府は国内情勢すらコントロールできない。労働者の賃金低下を止められない。労働者は多国籍企業の歯車だ。

グローバル化は労働者の雇用の場だった工場を海外移転することでラストベルトの共同体を破壊した。そして、その共同体に低賃金の移民労働者も入れる。何が起きたかと言えば、多国籍企業の利潤の最大化と労働者の賃金低下だ。

州外→海外、白人労働者→日本人労働者、米政府→日本政府とすれば、現在の日本そのものです。

経済のグローバル化の問題のひとつが、経済活動が国内で完結していれば可能だった「税制を通じた富の再分配」 という政治機能が働かなくなる点にある。

国にも、国民にもメリットがない。負担は国民と国民が支える国家へ、利益は企業へ。これが国家戦略特区の正体である。

もっとも、アベノミクスは失敗でも、安倍首相の真の狙いと思われる「構造改革=日本のアメリカ化」は着実に成功に向かっています。安倍首相の言動からは、米欧やシンガポールのような多民族社会を目指していることが明らかです。*7*8

もはや国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました。*9

進化し続ける戦略特区として、ニューヨークやシンガポールにも匹敵する、世界で最もビジネスしやすい環境を、目に見える形で、日本の中につくりあげていきます。*10

日本を、能力にあふれる外国人が、もっと活躍しやすい場所にします。*11

高度な外国人材受け入れの拡充や永住要件の緩和、そして、東京オリンピックパラリンピックに向けた建設分野での外国人材の受け入れなど、我が国にとって必要な分野での外国人材の活用を積極的に進めていく考えであります。*12

安倍首相にはアメリカのrust beltが「美しい国」に見えているのでしょう。

新しい国へ 美しい国へ 完全版 (文春新書 903)

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ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

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おまけ

内部留保の記事には、記者を無知と決め付ける頭のよさそうな人が大量に湧いてきます。

ある人気Pickerのコメントです。

内部留保は企業の利益から税金や配当金、役員賞与など社外へ流出する分を差し引いた残りを積み上げたもの。」

これ、嘘です。

日本の法規に基づく財務諸表には「内部留保」という言葉はありません。

確かに、「内部留保」は正式な会計用語ではありませんが、内閣府財務省『法人企業景気予測調査』の「今年度における利益配分のスタンス」の選択肢に

  1. 設備投資
  2. 新製(商)品・新技術等の研究・開発
  3. 関連会社への出資、M&A
  4. 有利子負債削減
  5. 新規雇用の拡大
  6. 従業員への還元
  7. 役員報酬・賞与
  8. 株主への還元
  9. 内部留保
  10. その他 

とあるように、実務的に使われている言葉であり、利益剰余金の俗称として使用することが問題とは思えません。

労働分配率をむやみに引き上げて企業競争力が落ちたら本末転倒。利益自体減らしたら企業が傾く。

も、

  • 労働分配率は第一次石油危機後の最低水準に低下している。
  • 現預金の増加は投資しきれないほどの利益が出ていることを意味している。

の現状を見れば見当はずれのコメントです。

別の人気Pickerのコメントは典型的なstraw manです。

この方々は日本中の会社が債務超過に陥れば満足なのでしょうか?

時事通信の記事の

内部留保が増加している背景には、好業績に見合った賃上げや投資が控えられている側面がある。

の説明は的確であり、全体としてもおかしな内容ではありません。

頭がいい人は、どうして「内部留保」と見聞きするだけでパブロフの犬のように興奮するのでしょうか。

*1:安倍首相:2013年12月19日

*2:川本卓司,篠崎公昭(2009)

*3:バブル期とは異なる意味で使っています。具体的にはM&A現地法人設立(→海外生産)など。

*4:鈴木絢子(2014)

*5:なので、財政出動は対症療法にはなっても原因療法にはなりません。

*6:橋本龍太郎首相の「罪」は、緊縮財政よりも金融ビッグバンの方が大きいでしょう。

*7:正常性バイアスのために現在進行中の事の重大さを認識できない人が多いようですが、日本のエスタブリッシュメントは本気です。なお、ヒトラーの度重なる警告にもかかわらず逃げ遅れたユダヤ人が多かった一因も正常性バイアスと言われています。

*8:戦後レジームからの脱却=アメリカ化を天下統一に例えると、橋本(信長)→小泉(秀吉)→安倍(家康)の流れになります。

*9:2013年9月25日

*10:2013年12月19日

*11:2014年5月1日

*12:2014年6月24日