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リフレのロジック早分かり

いわゆるリフレ政策の数値例を用いた早分かりです。

前提になるのが、

です。

Indeed, the normal view is that money is roughly neutral: that an increase in the money supply produces a roughly equiproportional increase in the general price level. Or to be more specific, an increase in outside money―the monetary base―must raise prices. *1

中央銀行政策金利短期金利)がほぼゼロに低下した時点で、

だとします。

中央銀行国債を100兆円買い入れる量的緩和を行うと、

  • マネタリーベース200兆円=現金90兆円+法定準備10兆円+超過準備100兆円

となりますが、これだけではマネーストックと物価には影響しません。将来にインフレ率が上昇すると中央銀行量的緩和ゼロ金利政策を終了するため、

  • マネタリーベース100兆円=現金90兆円+法定準備10兆円

に逆戻りすると予想されるためです。「国債発行して財政支出を増やしても、将来の増税が予想されていれば無効になる」と同じ理屈です。

しかし、インフレ率が高まってもマネタリーベースを減らさないという中央銀行の確約が信頼されれば、将来には

になるという予想、すなわち現在は100の物価が将来には200に上昇するというインフレ予想が形成されます。このインフレ予想によって実質金利が低下し、消費と投資が刺激されることで経済はデフレ停滞から脱却する、というのが本来のリフレ政策です。

クルーグマンは「日本経済のデフレ脱却には『現在の貨幣発行量増加は効果がなく』、将来の貨幣発行量の増加が信認されることが重要である」と論じた。なお、「現在の貨幣発行量増加による(デフレ脱却や景気浮揚)効果がなく」なるような状態を「流動性の罠」もしくは「ゼロ金利制約」という。
そして、彼はデフレ脱却の手法として「インフレーションターゲット(インフレ目標)」の採用を提案している。実はこれは中央銀行が実行する戦略やルールの変更であり、これも政策レジーム変化の一種である。

山形浩生「亀井氏の正しい日銀批判」(『Voice』2010年1月号)

さて、この処方箋は簡単だ。インフレ期待を起こせばいい。これほど簡単なことはない。日本銀行がお金をいっぱい刷り、これからも当分そうしますよ、といえばいい。いままでの日銀による金融緩和は、お金はとりあえず刷るけれどすぐやめますからね、と言い続けていたのでインフレ期待はまったく上がらなかったのだ。

それまでのデフレ対策と言えばケインズの「国債発行→財政出動」でしたが、中央銀行に既発国債を買い取らせるだけでそれ以上の効果が得られるというSTAP細胞のような画期的アイデアです。*2

ところが、黒田・岩田体制の日本銀行が量的・質的金融緩和でマネタリーベースを3倍以上に増やしたにもかかわらず、 

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消費者物価は2013年初から2015年末にかけて年率+1.0%のペースで上昇しただけで、円相場が反転すると横ばいに転じています*3。つまりはインフレ予想が現実化したものではなかったということです。

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QQEがリフレ派の想定外の展開になったのは、モデルの前提が現実とは異なっていたためです。

まず、銀行に超過準備を持たせても貸出は促進されません。イングランド銀行の"Money creation in the modern economy"で

This description of the relationship between monetary policy and money differs from the description in many introductory textbooks, where central banks determine the quantity of broad money via a ‘money multiplier’ by actively varying the quantity of reserves. 

In contrast, the quantity of reserves already in the system does not constrain the creation of broad money through the act of lending.

あるいはドイツ連邦銀行の"The role of banks, non- banks and the central bank in the money creation process"で

And a bank’s ability to grant loans and create money has nothing to do with whether it already has excess reserves or deposits at its disposal.

と指摘されているとおりです。そのため、中央銀行は将来のマネタリーベース量は確約できても、マネーストック量を確約することはできません。

リフレ派の開祖のクルーグマンは「超過準備増加→貸出促進」を「教科書に書いてある」自明のことと主張していましたが、実は多くの教科書にある信用創造の説明は誤りということです。

It’s obvious that many commenters don’t get the distinction between the proposition that banks create money — which every economics textbook, mine included, says they do (that’s what the money multiplier is all about) — and the proposition that their ability to create money is not constrained by the monetary base. Sigh.

もっとも、多くの国民がクルーグマンのように「マネタリーベース増加→マネーストック増加→物価上昇」のメカニズムが存在すると錯覚していれば、予想が現実化することはあり得ます。しかし、大多数の国民は「日銀当座預金」や「超過準備」など聞いたこともなければ意味も知らないので、「超過準備の増加→将来の物価水準の上昇→インフレ率上昇」との予想も形成されようがありません。

結局、リフレ派が重視していたコミットメントがあってもなくても同じことで、銀行等が保有する国債が日銀当座預金に置き換えられただけでした。

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2年経って、2%がまだ達成できない、2%近くになってもまだ達成できていない場合には、まず果たすべきは説明責任だと思います。ただ、その説明責任を自分で果たせないということ、単なる自分のミスジャッジだったということであれば、最高の責任の取り方は、やはり辞任だと思っています。*4

ケインズは1933年に「ルーズベルト大統領への公開書簡」で

政府主導による大規模な公債支出を強く求める。

第二に私は、低利で潤沢な信用供給の維持、とくに長期金利の引き下げを求める。 

と主張していましたが、クルーグマン

The only way to be at all sure of raising inflation is to accompany a changed monetary regime with a burst of fiscal stimulus.

ほとんど同じになっています。しかし、往生際が悪く、金融政策のレジームチェンジが必要と言い続けています。日銀は低金利環境が続くようにaccommodativeな金融政策を行えば十分であり、それにはレジームチェンジは不要です。

totb.hatenablog.com

補足

日本のデフレの特徴は、サービス価格の上昇が止まったことです。

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外国と比較しても、財よりもサービス価格の相対的低下が大きいことが分かります。1996年→2016年の20年間のアメリカの物価に対する相対的下落率は財が8%、サービスが36%です。

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このことは、デフレの原因が日銀の領分の金融的なものではなく、サービス価格据え置きを可能にしたコスト削減、つまりは賃金抑圧であることを示唆します。これは企業と政府の領分です。

それなのに「日銀に責任がある」と叫び続けて国民をミスリードするこのような人(⇩)たちは、偽医療で儲ける某氏と大差ありません。

*1:Krugman (1998), "It’s Baaack: Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap"

*2:安倍首相が飛びついたのは、財政再建と景気刺激を両立できる妙案だと吹き込まれたからでしょう。

*3:消費税率引き上げの影響を除く。消費税率の引き上げ前後で物価上昇ペースが変わっていないことにも注意。

*4:岩田規久男日本銀行副総裁の就任記者会見における発言(2013年3月22日)