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ROE10%超えという悪いニュース

同じネタの繰り返しになりますが、3月14日の日本経済新聞朝刊1面に「企業の稼ぐ力 米欧に迫る/ROE、17年度 初の10%」という記事が掲載されていたので、

外市場を開拓する一方で事業の選択と集中を進め、純利益が過去最高を更新する。

変革を促したのは海外の投資家だ。日本株の3割を保有するまで存在感を高め、企業にROEの向上を求めるようになった。

この株式投資家にとっては良いニュースが、日本経済にとっては悪いニュースであることについて再度考察します。

以下のグラフは財務省「法人企業統計」の全産業(金融業、保険業を除く資本金十億円以上)のデータから作成したものです。

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ROEを下の記事にあるように、3つに分解します。

収益性:売上高当期純利益率

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効率性:総資産回転率

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安全性:財務レバレッジ自己資本比率の逆数)

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収益性×効率性

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売上高はバブル崩壊後、横ばい圏にあるので、ROEの上昇は当期純利益の大幅増によるものだと分かります。

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1997年の金融危機以降、付加価値増分が人件費に分配されなくなったことが、利益を増大させています。

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1997年頃のもう一つの大きな変化は、投資の実物資産から金融資産へのシフト(financialization)です。

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企業行動の二つの劇的な変化は、

低成長が必至の日本で高ROEを達成するために引き起こされたと考えられます。

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1999年7月の速水日本銀行総裁(当時)の講演「日本経済の中長期的課題について」や、

日本では、労働人口が伸び悩む中で、高度成長期以降積極的に設備投資を行い、資本の蓄積を進めてきたため、労働者1人当たりの固定資産の量が大幅に増加しているという事実があります。 

このことを資本の側からみますと、同じGDPを得るのに必要な固定資産の量が趨勢的に増加している、すなわち、資本の生産性が落ちているのです。わが国の資本の生産性が低下を続けているということは、資本の所有者が期待するリターンが低下し続けているということを意味し、先ほど申し上げたROA――これは、経済全体が生み出す付加価値の企業と家計の取り分が変わらないと前提すれば、資本の生産性と同じになるのですが、――その趨勢的な低下とも符合する動きです。このことは、投資家からみれば、「日本では資本が効率的に利用されていない」ということに他ならず、資本移動が自由化された下では、海外の投資家だけでなく国内の投資家ですら、日本企業への投資を躊躇するということになると思います。

速水講演の基になったと見られる日本銀行調査月報10月号の「資本効率をめぐる問題について」で予測されていた通りの事態です。

資本効率の向上をマクロ的に捉えると、資本生産性(GDP/資本ストック)および資本分配率(営業余剰/国民所得)の引き上げということになる。企業側からみれば、前者を達成するためには設備投資の抑制(資本蓄積の抑制)、後者については人件費抑制によって対応する可能性が高く、このところ本格化している「企業リストラ」はそうした企業行動を表したものと考えられる。

企業リストラがほぼ完了し、海外経済に牽引された景気拡大が始まった2002年頃から、ROAと実質成長率が乖離するようになっています(このグラフのROAは全規模)。

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ROEと借入金利子率も乖離するようになっています。

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これらは、ROAROEの急上昇が、日本経済のファンダメンタルズ(実力)に基づいていないこと、つまりはある種の「反則技」を用いた結果であることを示唆しています。

駅伝に例えてみます。

日本チームの選手はかつては世界トップクラスの実力でしたが、今では平均年齢40代となり、20代の全盛期のスピードで走ることは不可能です。ところが、新しい外国人のオーナーから「世界の強豪並みのタイムを出せ」と至上命令が下されました。そこで監督が取った方策は、

  • 一部の日本人選手をレギュラーから外してケニア人選手に入れ替える
  • 残った日本人選手には過負荷をかける

でした。目標が達成されたためオーナーは満足しましたが、日本人選手はボロボロにされただけでした。

日本企業も、低成長経済で高資本効率という無理難題を達成するために、

  • 資本は国内ではなく海外に投資
  • 労働者を低賃金で酷使する

ようになったわけです。企業の「稼ぐ力」が度を越して向上することは、日本経済から「過剰収奪」していることを意味します。

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投資家の高利回り追求が国民を貧しくすることは、ケインズが「国家的自給」で指摘していましたが、 

十九世紀という長期間、人々は個人や団体の資金運用の望ましさの評価基準を、短期の金銭収支の結果に求めてきた。すなわち、生活の運営が会計士のある種の真似ごとになったのである。

われわれは貧しくなければならない。なぜならば豊かになることは「ペイ」しないからである。われわれは粗末な家に住まなければならない。それは立派な家を建てられないからではなく、その余裕がないからである。

これは日本の「失われた20年」にも当てはまります。株主の投資を「ペイ」させるために、日本人労働者は資本装備を削られた上に低賃金労働を強いられるようになったのです。十分な装備の代わりに「大和魂」で戦った日本兵のようなものです。*1

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下はケインズの「人口減少の経済的帰結」からの引用ですが、

もし資本主義社会が所得分配の平等化を拒絶し、銀行や金融機関の勢力が、十九世紀に支配的であった平均水準(ちなみに、この平均水準は今日の現行利子率よりも少し低かった)に近い利子率を維持しつづけるならば、諸資源の慢性的な過少利用の傾向が生じ、最終的には社会体制は弱体化し、破壊されるにちがいない。 

下線部を「株式投資家が海外の水準に近いROEを要求」とすれば、日本社会の現状そのものになります。

こちら(⇩)に見られるような「会計士」的な思考こそ、日本の経済社会体制を弱体化し、破壊している主犯なのです。*2

newspicks.com

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*1:デービッド・アトキンソンなどが「日本の労働生産性は低すぎる」と主張していますが、その一因は、資本生産性を高めるために労働装備率を高めなくなったことです。

*2:投資家脳とリベラル脳に共通するのは、ミクロでの正しいこと(実のところは自分にとって都合の良いこと)が、マクロでも良い結果をもたらすという単純な思考です。物事には副作用やトレードオフがあることを理解できないようです。