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量的緩和が効かなかった簡単な理由

日本銀行副総裁に就任する際に「2年で2%インフレを達成できなければ責任を取って辞任する」と大見得を切った岩田規久男は、結局5年間粘り続けて1億円以上の報酬を得て退任しました。*1

2年経って、2%がまだ達成できない、2%近くになってもまだ達成できていない場合には、まず果たすべきは説明責任だと思います。ただ、その説明責任を自分で果たせないということ、単なる自分のミスジャッジだったということであれば、最高の責任の取り方は、やはり辞任だと思っています。*2

リフレ派は「消費税率引き上げの影響が大き過ぎた」と言い訳しますが、生鮮食品とエネルギーを除くCPIは消費税率引き上げも2年間は同じペースで上昇を続けていたので、説得力に欠けます。*3*4

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リフレ派の根本的な誤りは、マネタリーベース(=現金+中央銀行当座預金)は銀行預金を移動させる媒体に過ぎず、銀行の信用創造の種銭ではないことについての無理解にあります。

AがBに商品の代金1を支払うとします。銀行預金を現金で移動させる場合は、

  1. AはX銀行の預金口座から現金1を引き出す
  2. AはBに現金1を渡す
  3. Bは現金1をY銀行の預金口座に預け入れる

となります。X銀行の預金が移動するために一時的に現金に形態変化して、Y銀行に移動後は再び銀行預金に戻ったと見なせます。銀行のバランスシートはそれぞれ、

X:(資産)現金-1|(負債)預金-1

Y:(資産)現金+1|(負債)預金+1

と変化します。銀行の資産の現金が移動することで、対応する負債の預金が移動します。*5

下はドイツ連邦銀行の一般向け解説"The Origin of Money"からの引用で、"book money"は銀行預金のことです。

The credit balance in a bank account is known as book money. The banks book their customers’ payments to their bank accounts. When a bank customer withdraws money from his or her account, the book money is turned into cash. When its customer makes a cash payment into the account, the cash becomes book money again. No new money is created by withdrawing from or paying into an account. The money merely changes its form. *6

中央銀行当座預金で移動させる場合も、

X:(資産)中央銀行当座預金-1|(負債)預金-1

Y:(資産)中央銀行当座預金+1|(負債)預金+1

と現金と同じです。X銀行は資産の中央銀行当座預金を移動させることで、対応する負債のAの預金をY銀行に移動させます。外見上は、X銀行の預金が移動するために一時的に中央銀行当座預金に形態変化して、Y銀行に移動後は再び銀行預金に戻ったと見なせます。

下のサンフランシスコ連邦準備銀行の一般向け解説*7にあるように、銀行の手元現金と中央銀行当座預金は現金引き出しや他行への送金のために「準備」されているものです。

Depository institutions may hold their required reserves as:

  • Vault cash
  • Deposits at their regional Federal Reserve Bank

Depository institutions normally keep a certain level of vault cash on hand to meet the operating needs of their offices and branches. Required reserves above the amount of vault cash are met by holding reserve balances with Federal Reserve Banks. Most institutions hold their reserves directly with their Federal Reserve Bank. Depository institutions prefer to minimize the amount of reserves they hold, because neither vault cash nor Reserves at the Fed generate interest income for the institution. 

手元現金と中央銀行当座預金は準備されている場所が異なるだけで、本質的には同じものです。なので、銀行から国債を大量に買い入れて代金の中央銀行当座預金を円滑な決済に必要な量以上に積み増す量的緩和とは、銀行のATMに装填する現金量を激増させることと本質的には同じになります。

クルーグマンや岩田は「ATMに装填する現金量を恒久的に大幅に増やしたことをアナウンスする→企業や家計が『将来の物価水準が上昇する→現在のインフレ率が上昇する』と合理的に予想する→支出を増やす」と主張していることになりますが、リフレ派以外の人々にはヴゥードゥー経済学でしょう。

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未だにリフレ政策を「極めて標準的」とするリフレ派もいますが、*8

どんな結果になるにせよ、本書の現在の書き方からもわかるとおり、アベノミクスの金融緩和の部分に関してはすでに一定の評価が定まっている。本書の立場がどれについても極めて標準的なものだ、というのは繰り返しておこう。いまだにアベノミクスについて、異常な政策だとか効果がないとか言う人がいるけれど、本書を読めば、決してそんなことはなく、むしろこんな入門書ですら取り上げるほどのごく標準的な政策なのだ、ということはわかるはずだ。

その論拠とされている「本書」の冒頭にある信用創造の説明は典型的な誤りです。

MONEY もう一度学ぶお金のしくみ

MONEY もう一度学ぶお金のしくみ

金融機関が信用を創造して、それがお金の供給を拡大する。単純な例を考えてみよう:

  1. 私の手持ちが1万ドル。あなたの手持ちはない。
  2. 私が1万ドルを銀行に預けて、銀行があなたに9千ドル貸しつける。
  3. 私は自分の1万ドルを銀行預金として相変わらず所有し(それに対して小切手を切ることも可能)、あなたの手持ちはいまや9千ドル。
  4. 私が1万ドルを銀行に預けて、銀行があなたに9千ドルを貸しつける。マネーサプライ――財やサービスにただちに使えるお金――は1万ドルから1万9千ドルになった。

すごい。これが信用の力だ。正確には私に属するお金をあなたが使っているという事実は、経済力と不安定性の源だ。 

This means that banks can create book money just by making an accounting entry: according to the Bundesbank's economists, ”this refutes a popular misconception that banks act simply as intermediaries at the time of lending – ie that banks can only grant credit using funds placed with them previously as deposits by other customers”. By the same token, excess central bank reserves are not a necessary precondition for a bank to grant credit (and thus create money).

「誤った理論」的に正しいということは、誤っているということです。

リチャード・クーは超過準備の増額を投薬の増量に例えていましたが、

The Holy Grail of Macroeconomics: Lessons from JapanÂs Great Recession

The Holy Grail of Macroeconomics: Lessons from JapanÂs Great Recession

At the risk of belaboring the obvious, imagine a patient in the hospital who takes a drug prescribed by her doctor, but does not react as the doctor expected, and, more importantly, does not get better. When she reports back to the doctor, he tells her to double the dosage. But this does not help, either. So he orders her to take four times, eight times, and finally a hundred times the original dosage. All to no avail. Under these circumstances, any normal human being would come to the conclusion that the doctor's original diagnosis was wrong, and that the patient suffered from a different disease.

リフレ派は"normal human being"ではないということでしょうか。

クルーグマンが元祖リフレ派というべきインフレターゲット論を提唱したのが98年で、山形さんが翻訳紹介しました。

その頃、東北大の数学者・黒木玄さんが開設していた「黒木のなんでも掲示板」というのがあって、そこに、山形さんとか、社会学者の稲葉振一郎さん、物理学者の田崎晴明さんなど有名無名問わずいろんな人が集まって、いろいろとハイレベルな議論と情報交換をしていたんですよね。[・・・]そういう、まあ、日本の人文系かいわいがフォローアップしていない新しい「知」の話題の中に、クルーグマンインフレターゲット論やリフレ政策もあったんですね。

2004年に岩田規久男さん編著で『昭和恐慌の研究』という本が出たんですが、ここに登場している人たちが「原初リフレ派」ということになるようです。昭和恐慌研究会と銘打たれていますが、安達誠司飯田泰之岡田靖、片岡剛士、黒木玄、高橋洋一田中秀臣、中村宗悦、野口旭、浜田宏一、原田泰、矢野浩一、若田部昌澄といった、今もよく目にするお名前が並んでいます。岩田さんは日銀の副総裁になりましたし、原田さん、片岡さんも日銀の審議委員に就任しました。浜田さんは内閣官房参与ですね。

totb.hatenablog.com 

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*1:2013~2016年度の4年間で1億円強。これに2017年度の報酬と退職手当が加わる。

*2:2013年3月22日の就任記者会見における発言

*3:季節調整値は2013年2月→2014年3月が年率+0.86%、2014年4月→2016年4月も年率+0.86%と同じ。

*4:そもそも、リフレのロジックでは「消費税率引き上げ→将来の物価水準の上昇→現在のインフレ率上昇」となるので、言い訳にはなりません。一部のリフレ派には「消費税率を段階的に引き上げればインフレ予想が喚起される」と主張していた「前科」もあります。

*5:銀行口座に戻らず市中を流通している現金もありますが、元々は銀行預金が形態変化したものです。

*6:強調は引用者、以下同。

*7:"Do all banks hold reserves, and, if so, where do they hold them?"

*8:質的緩和には株式と不動産市場の活況と実体経済への波及効果があったと見られます。これについては別記事で。