Think outside the box

夏眠中|I shall return.

サービス業の低労働生産性と裏切られた勤勉革命

日本生産性本部の「生産性レポート Vol.7 産業別労働生産性水準の国際比較」の分析(⇩)のうち、

サービス産業においては、運輸(44.3%)、卸売・小売業(38.4%)、飲食宿泊(34.0%)といった経済に占めるシェアの大きな産業で日米格差が極めて大きいことも明らかとなった。

小売業を中心に考察します。

日本を代表する小売業のセブンイレブンの業態はコンビニエンスストアですが、コンビニエンスストアの従業員1人当たり販売額は他業態よりも少ないのが特徴です。

f:id:prof_nemuro:20180410071227p:plain

一方、売場面積1㎡当たり販売額では首位になっています。

f:id:prof_nemuro:20180410071315p:plain

コンビニエンスストアの競争力は「1人当たり」ではなく「単位面積当たり」にあることが分かりますが、これから想起されるのが江戸時代の「勤勉革命」です。*1

近世日本の経済社会

近世日本の経済社会

江戸時代における農業技術の発展方向は、労働生産性の上昇をもたらすような資本の増大を通じてではなく、むしろ逆に、家畜という資本の比率を減少させ、人間の労働に依存するという形態をとった。

江戸時代における農業の技術変化の方向は明らかに、土地利用頻度の増大と投下労働量の増大という組合わせであった。このことの説明には、やはり可耕地/人口比率が重要な鍵となるであろう。

アメリカは地価に比べて人件費が高いため、土地生産性(売場効率)よりも労働生産性を高めることが競争力向上につながります(粗放農業的)*2。一方、日本は人件費に比べて地価が高いため、労働生産性よりも土地生産性を高めることが競争力向上につながります(集約農業的)。「おもてなしや過剰サービスが労働生産性を下げている元凶」と批判されることがありますが、日本では労働生産性向上が必ずしも競争力向上にはつながらないから、労働生産性が低いままなのです。*3

とはいえ、サービス業の低生産性に問題が無いわけではありません。ここからはデービッド・アトキンソンの指摘に基づいて考察します。

労働者の立場から見ると、高品質・低価格は地獄です。高い給料をもらえないのに、長時間、真面目に働くことを強制され、追い詰められるだけだからです。「犯罪的」と言っても、言いすぎではないと思います。

どう考えても、「高品質・低価格」という戦略がデフレの原因なのです。

日米の物価を比較すると、金融危機が起こった1997年から日本のサービス価格の犯罪的抑制が本格化したことが分かります。

f:id:prof_nemuro:20180410220653p:plain

f:id:prof_nemuro:20180410220702p:plain

f:id:prof_nemuro:20180410220711p:plain

同じタイミングで資本装備率が減少し、*4

f:id:prof_nemuro:20180411120727p:plain

女の雇用者だけが増加するようになっています。「資本の比率を減少させ、人間の労働に依存する」勤勉革命の復活です。

f:id:prof_nemuro:20180410221209p:plain

労働者を安い賃金でこき使って「高品質・低価格」を実現することが可能になったのは、ネオリベラルを批判するポーズを取りながらネオリベラルそのものの主張を叫び続ける上野千鶴子ドクトリン(Arbeit macht frei)が金融危機の混乱に乗じてショック・ドクトリンとして強行され、低賃金で働く女が増えたためです。

世帯を養える賃金を男1人に払う家族給に支えられた 「男性稼ぎ主モデル」こそ、女性差別の根源なのですよ。

正規雇用者の給料を下げて、夫に600万円払っているのなら、夫に300万円、妻に300万円払うようにすれば、納税者も増えます。

イングランド産業革命が起こった重要な要因として、高賃金が機械化の技術革新を促進したことが指摘されていますが、

Most famous is perhaps the different choice of technique in printing. […] ; typically, the pressing in China is done by humans, in Europe by a machine.

[…] the industrial revolution occurred in Europe rather than China because European entrepreneurs were eager to adopt machines to cut down on high labour costs. China didn’t “miss” the industrial revolution – it didn’t need it.

資本の世界史 (atプラス叢書12)

資本の世界史 (atプラス叢書12)

賃金はコストの負荷要因と見なされ、できるだけ抑えたほうがいいとされがちです。でも、近代的な資本主義の発展に示されているように、高い賃金というのはエンジン、すなわち成長を生み出す生産性の進歩の推進力です。また、賃金は雇用者にとってはコストですが、従業員にとっては支出のための元手でもあるのです。そもそも市場に投入する製品に関心を向けさせ、需要を喚起するのは賃金なのです。

近代的な資本主義は、下層階級が必要不可欠な食料品以外のものを買えるようになってようやく生まれました。工業化がイングランドで始まったのは、その地の実質賃金がほかのヨーロッパ地域よりも2倍も高かったからです。 

日本は逆に賃金を下げたために第四次産業革命が起こらなかった上に、需要も喚起されませんでした。

速水融によると、江戸時代の農民の激しい労働には生活水準の向上の報いがありましたが、

衣・食・住すべての面で、農民生活は改善され、知識水準や娯楽の面でもかなり進歩のあったことは一般に認められるところである。

過去20年間の日本では、勤勉の成果の付加価値増分はすべて営業純益(→配当金と内部留保)に回り、

f:id:prof_nemuro:20180401234127p:plain

f:id:prof_nemuro:20180414130425p:plain

実質賃金は「かなり進歩」どころか大幅に低下しています。裏切られた勤勉革命とでも言えるでしょうか。

f:id:prof_nemuro:20180411013409p:plain

アトキンソン最低賃金の引き上げを主張していますが、まずは上野ドクトリンが日本経済の供給と需要双方のエンジンを停止させたことに気付くことが必要でしょう。エンジン再始動には上野ドクトリンからの決別が不可欠です。

totb.hatenablog.com

*1:これは販売額で付加価値ではありませんが、論旨は変わりません。

*2:アメリカを代表する小売企業のウォルマートは低賃金で有名ですが、それでも地価に比べると「割高」ということです。

*3:日本に進出した外資系小売業が苦戦する一因。

*4:土地と建設仮勘定を除く有形固定資産/人員計