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『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』の誤りを語ろう

ミスター緩和マネーこと松尾匡が通貨制度について無茶苦茶な解説をしているにも関わらず、一部には人気のこの本(⇩)ですが、

まずはそれ以外の点について検証します。

松尾 ケインズ自身は第二次大戦中に亡くなってしまうのですが、*1

ケインズが死去したのは1946年4月21日です。*2

松尾 実は、需要側から経済というものを考えようとしたケインズの経済学自体、そもそも天井の成長がもうないという低成長の時代を想定してつくられた経済モデルなんですよね。*3

彼は、戦後になって資本主義の大高度成長時代がやって来るなどとは夢にも思っていなくて、英国はもうこれで経済成長は終わりというか、長期の成長という意味での経済成長はもうないと考えていたんですよ。*4

ケインズは"Economic Possibilities for Our Grandchildren" (1930)で、100年後には生活水準が4~8倍かそれ以上に上昇しているだろうと予測していました。*5

I would predict that the standard of life in progressive countries one hundred years hence will be between four and eight times as high as it is. There would be nothing surprising in this even in the light of our present knowledge. It would not be foolish to contemplate the possibility of afar greater progress still.

アメリカの1人当たり実質個人消費支出は、大恐慌の落ち込みがあったものの、1929~2017年の88年間で5.7倍になっています。

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日本の社会学者は「アメリカのリベラルはヨーロッパで言うところのソーシャル」と説明したがりますが、

北田 そもそも、ヨーロッパでは「リベラル」という言葉には、経済的な自由主義という意味合いが強いですからね。日本で言われる「リベラル」というのは、それとは違って基本的にはアメリカ的な意味合いなんじゃないかと思います。*6

アメリカでは、民主党の「リベラリズム」というのが、ニューディール政策を通り抜けて、ヨーロッパ的な意味での「ソーシャル」を代表するようになったわけです。*7

Thomas Frankは、民主党のエリートはカーター政権の時点で脱ニューディールしていたと分析しています。航空規制緩和を始めたのはカーター政権であり、民主党エリートは「労働貴族」潰しを狙っていました*8。ヨーロッパ的リベラル≒ネオリベラル路線は共和党から政権を奪還したクリントン政権になって加速し、ウォールストリート・シリコンバレー・ハリウッドの"affluent white-collar professionals"のための政治を志向するようになったという説得力のある分析です。アメリカの民主党リベラルは、とっくの昔に脱ソーシャル・ネオリベラル化しているのです。*9

Listen, Liberal: Or, What Ever Happened to the Party of the People?

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北田は上野千鶴子を批判したこの記事(⇩)で上野=新自由主義者、上野=トランプとしているので、トランプ=新自由主義者と分類していることになりますが、

こうした、上野氏のまごうことなきナショナリズム(括弧すら必要ない)は、おそらくはご自身が忌避するであろうトランプ大統領の社会政策、そして生活保守を馴致する新自由主義とほとんど差はない。上野氏の信念体系では、「フェミニズム」「反差別」「反新自由主義」はセットとなって存在しているのだろうが、私はそのセットが学者として踏まえるべき合理性・道理性を兼ね備えているとはいえないと考える。

上野氏は新自由主義者である。*10 

『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』では、松尾の意見に同調して「トランプはネオリベではない」と逆のことを言っています。学者なら安易に同意せず、議論を深めてもらいたいところです。

松尾 たとえば、自分が当選したら大規模な公共事業(1兆ドル規模のインフラ投資)をしてアメリカ市民の雇用を確保すると言って人気を得ました。排外主義的なナショナリズムを強調して、自国の労働者を守るという主張で支持を集めたという意味で、実はトランプは反グローバリズム的なんですよ。

北田 つまり、トランプはネオリベではない。「アベノミクス」がネオリベ政策というわけではなかったのと同様に、トランプもまたネオリベではないということですね。*11 

グローバリゼーションが進む現代において、新自由主義グローバリズム、反新自由主義反グローバリズム(≒ナショナリズム)になるのは必然です。共和党予備選の段階から反グローバリズムを鮮明にしていたトランプをネオリベ扱いすることは理解に苦しみます。

The most important difference between our plan and that of our opponents, is that our plan will put America First. Americanism, not globalism, will be our credo. *12

リベラルの教義のpolitical correctnessとの対決を明言していたことも、トランプがネオリベラルではないことの証拠です。

I think the big problem this country has ― is being politically correct. I've been challenged by so many people, and I don't frankly have time for total political correctness.

We cannot afford to be so politically correct anymore.

このように、松尾の「緩和マネー」以外にも「?」が多い本でした。

*1:p.264

*2:V-E Dayは1945年5月8日、V-J Dayは1945年8月15日

*3:p.53

*4:p.54

*5:年率+1.4%なら4倍、同+2.1%なら8倍

*6:p.63

*7:p.122

*8:日本の国鉄分割民営化にも通じる。

*9:大統領予備選挙クリントン対サンダースがネオリベラル対ソーシャルでした。

*10:[引用者注]これは正しい分析です。フェミニズムは家庭内分業を否定して女の労働参加率を高めるために実質賃金の引き下げと解雇規制の緩和を求めるので、ネオリベラリズムそのものです。

*11:p.206

*12:共和党指名受諾演説より