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夏眠中|I shall return.

「日銀が国債を買い切れば財政再建」論の落とし穴

最近、「中央銀行国債を買い入れる→政府と中央銀行を連結した“統合政府”の有利子負債が減少する→財政再建」「日本は統合政府ベースで財政再建は完了している」という主張を見かけます。

本当は、日本の財政は世界一健全なのだ。その仕掛けは、財務省がひた隠しにしている「通貨発行益」にある。

アベノミクスの金融緩和は、日銀が保有する国債を大幅に増やした。日銀が保有する国債は、事実上返済や利払いが不要なので、借金ではなくなる。経済学では、これを通貨発行益と呼んでいる。いま、日本の通貨発行益は450兆円にも達している。国の抱える純債務も450兆円だから、通貨発行益と純債務を通算すると、ちょうどゼロになる。つまり日本政府は、現時点で無借金経営になっているのだ。 *1

松尾匡や青木泰樹も同様の主張をしています。青木は下の動画の58:25~で「フリー・ランチ!」と強調しています。

しかし、「中央銀行国債を買い切れば政府は実質無借金になって財政問題は解決」とはならないことは、少し考えれば分かることです。

財政破綻後 危機のシナリオ分析

財政破綻後 危機のシナリオ分析

「日銀が国債をすべて買い切れば、国民負担なしで財政再建が終了する」という主張は正しくない。

世の中にフリーランチが存在しない第二の理由は、もし金利が正常化するなかで、日銀が市場金利との比較で、「超過準備」の付利を適切な水準まで引き上げずに抑制する場合、政府部門と日銀を合わせた統合政府で見ると、それは預金課税を行っているのと実質的に同等となるためである。

また、「超過準備」の付利を適切な水準まで引き上げる場合、統合政府で見ると、「超過準備」は実質的に国債発行(短期国債の発行)と概ね同等となるためである。 

既に、日銀のマイナス金利による金利低下は金融機関の経営を圧迫しており、預金者の負担増になる可能性もあります。*2

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前回の量的緩和時や世界大不況前の景気拡大期と比べると、イールドカーブが著しくフラット化しています。

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SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミストは電話取材で、金融緩和による金利低下により、「国債購入者も預金者も金利収入が減る分の犠牲で政府部門を助ける。これは隠れた増税と見ることができる」との見方を示している。 

地域金融機関の中には、コア業務純益が減少するなかで、当期純利益の水準や高い配当性向を維持するために、有価証券の益出しを行う先も相応にみられる。無理な益出しの継続は、有価証券の利息・配当収益を減少させるほか、有価証券の含み益は、経済価値ベースでは資本バッファーとして機能する面があることから、株主還元のあり方も含め、収益配分について検討を進めていくことが重要である。

通常、中央銀行による財政ファイナンスが行われるのは、民間が要求する金利が高騰している局面ですが、現在の日本はその逆で、国債需要が旺盛で10年国債金利が1%を割っていた局面で日銀が大量の買い入れを始めました。いわば民業圧迫です。*3

通常の財政ファイナンスの近年の実例がジンバブエです。「政府債務を中央銀行が引き受ければ財政再建」とは逆に、マネタイゼーションが発端となってハイパーインフレーションが起こり、自国通貨のジンバブエドルの廃止に至りました。

敗戦後の日本では、戦費調達のために大量発行されていた国債の9割強を日本銀行を除く金融機関と大蔵省預金部が保有していましたが、これらを日本銀行が買い取っていれば大増税と大インフレ(税)が避けられた、とはならないことも明白です。

具体的には、一度限り、いわば空前絶後の大規模課税として、動産、不動産、現預金等を対象に、高率の「財産税」(税率は25~90%)が課税された(=「取るものは取る」)。それを主な原資に、内国債の可能な限りの償還が行われ、内国債債務不履行そのものの事態は回避された(=「返すものは返す」)。

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「日銀が国債を買い切れば財政再建は完了」論者は、一方では積極的な財政支出を唱えながら、もう一方では民間への国債利払いの削減(≒ステルス緊縮政策)を支持していることになりますが、この支離滅裂ぶりは「政府の借金が増えることは問題」という基本認識から生じています。*4

そこから出てくるのが、森永の国有資産を民間に売却せよという主張です。

財務省は、「道路は売れない」と言っているが、イタリアは借金を減らすため、高速道路を民営化して、その株式を売り出した。日本でも同じことはできる。それどころか、日本の高速道路はすでに株式会社化されており、売る気になれば、いつでも売れる状態なのだ。売却がむずかしいとされる不動産も、いくらでも売れる。霞が関官庁街、都心の国家公務員住宅など、すぐに売れるものばかりだ。

このロジックでは、ギリシャピレウス港、スリランカがハンバントタ港を中国企業に売却・貸与したように、日本も「国の借金を減らすためにインフラ運営権を中国企業に売却しよう」となりかねません。*5

結局のところ、森永や松尾や青木の積極的な財政出動の主張は「政府の借金を減らすべき」に立脚しているので、緊縮財政派やレントシーキングの機会を窺うネオリベラルへの追い風になってしまうのです。*6

totb.hatenablog.com 

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補足

本来のリフレ政策が何だったのかを(都合よく)忘れてしまった人が少なくないようなので再確認しますが、「日銀がインフレ目標にコミットして国債を大量買い入れ→ブタ積み激増→予想インフレ率上昇→支出増加」であり、ジンバブエのように「中央銀行財政赤字ファイナンスを続けていれば、いずれはインフレになる*7」ではありません。そもそも、リフレのロジックでは財政出動は不要であり、原田泰は「公共投資を増やすとGDPが減る」と計量分析に基づいて主張していました。

totb.hatenablog.com

残念でした。

*1:強調は引用者、以下同。

*2:未だに銀行が企業に貸し渋っていると誤解している人が少なくないようですが、企業は内部資金が潤沢なため、超低金利でも「借りない」のが現状です。資金需要が乏しい状況でのマイナス金利政策は、金融機関の経営圧迫に他なりません。

*3:日銀は「国債の大量買い入れはインフレ目標達成のためであって財政ファイナンスではない」という立場ですが、インフレ目標達成には無効であることがほぼ実証されてしまいました。

*4:松尾は市中銀行信用創造の禁止も唱えていますが、このアイデアは6月にスイスの国民投票で否決されました。

*5:安倍政権は乗り気のようですが。

*6:緊縮財政派やレントシーカーから送り込まれた工作員ではないと思いますが。

*7:ならない=無税国家の実現