Think outside the box

夏眠中|I shall return.

財政ファイナンスと企業の内部留保

日本銀行の大量の国債買い入れについては、対照的な二つの見方があります。

  • 事実上、財政法で禁止されている財政赤字ファイナンスであり、悪性のインフレを引き起こしかねない。
  • 民間に支払われていた利息を日銀経由で国庫に還流させることになるので、事実上の借金減らし=財政健全化である。

政府が増税を先送りし、かつ国債の大量発行をやめない中、日銀が国債を”ほぼゼロ”の金利で買い増している状態について、日銀は「財政ファイナンス」をしている、と見る向きも多い。「財政ファイナンス」は、政府が意のままに出す財政赤字を、日銀が従属的に穴埋めして資金的に尻拭いする様を表した言葉だ。

日銀というのは収益から職員の人件費などの経費を差し引いた額を「国庫納付金」として政府に戻していますから、事実上利子がないのと同じです。

前者の見方からは「財政規律回復のための増税(特に消費税)」、後者の見方からは「日銀の緩和マネーで財政出動*1」と、やはり対照的な財政政策が提唱されます。

しかし、この二つの見方はどちらも的を外していると言わざるを得ません。なぜなら、日本の財政赤字の原因の特異性を考慮していないためです。

赤字国債の発行が急増したのは、非金融法人企業が資金余剰(黒字)に転じた1998年度です。

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そこで、1998~2017年度の20年間を①1998~2002、②2003~2007、③2008~2012、④2013~2017の4期間に分けて、資金不足の推移を見てみます。*2

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非金融法人企業が安定的な黒字であることが、一般政府の赤字を大きくしていることが見て取れます。

その非金融法人企業ですが、資金過不足の中身は大きく変化しています。金融危機~企業の「三つの過剰」解消の①期は負債の減少(デレバレッジ)が主でしたが、安倍政権下の④期になると資産の大幅増が主です。

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2013~2017年度の資産の増加は、主として対外直接投資、現金・預金、対外証券投資です。

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これは利益剰余金(いわゆる内部留保)の急増と対応しています。*3

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つまり、現在の日本は、ジンバブエのように経済全体の供給力不足から財政赤字(→高インフレ)になっているのではなく、金融政策によっては吸収し難い余剰金が継続的に企業部門に発生しているから恒常的な財政赤字(→低インフレ、デフレ)になっているわけです。なので、財政赤字を縮小するのであれば、企業部門の余剰資金(≒内部留保)を吸収するのが筋ということになります。*4

日本財政を斬る 国債マイナス金利に惑わされるな

日本財政を斬る 国債マイナス金利に惑わされるな

国債は国の財政赤字であり、借金である。この本質はいかなる新種国債を工夫したところで変わらない。

もし、一方で金融政策によっては吸収し難い余剰金が継続的に民間に発生し、他方財政は恒常的な赤字に苦しんでいるとするならば、この余剰資金を財政に吸収する手段は、国債ではなかろう。(筆者注――増税を示唆したもの)

しかし、過去20年間に行われたのはその正反対の税制改正でした。

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企業が

  • 人件費抑制
  • 設備投資抑制
  • 法人税減税

によって生じる巨額の内部資金を対外投資と現預金の積み上げに向けていることが恒常的な財政赤字の主因ですが、

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企業がこのような行動を取るようになったのは、

  • 人口減少によって国内市場規模が縮小していくという予想
  • 経営のグローバル化
  • 株主利益最大化の経営目標

によるものと考えられます。

少子高齢化に警鐘を鳴らす記事が数多く流れ、日本国内の市場規模が「必ず縮小すると多くの経営者に刷り込まれた」とある大企業の幹部は話す。今は需要が多くても、設備増強が終わったころには、市場は縮小し、せっかくの新設備が無駄になるとの警戒感だ。

トムソン・ロイターの集計によると、今上期の日本企業による海外企業の合併・買収(M&A)は合計13兆0079億円。これまで最大だった16年下期の8兆4701億円を大きく上回り、遡及可能な80年以降で最大を記録した。

これは個々の企業にとっては合理的行動であり、政府もそれを後押ししていますが、そのことが恒常的な財政赤字の原因になっているわけです。構造改革によって株主利益の最大化が経済政策の軸(国策)になった結果、財政と家計にしわ寄せが来ているのがこの20年間であり、単純化すると「株主利益の最大化→財政赤字→消費税増税」の構図です。

この根本問題を無視して「財政ファイナンス」の是非を議論してもあまり有意義ではないでしょう。

平成不況の本質――雇用と金融から考える (岩波新書)

平成不況の本質――雇用と金融から考える (岩波新書)

ケインズの昔からよく議論されてきたように、対外直接投資は、物的資本の形式的保有者である株主と国民全体の利益を相反させる作用がある。

さらに留意すべきは・・・・・・対外直接投資には海外への雇用の輸出だけではなく、国内投資を抑え景気を低迷させることを通じて、雇用を一層悪化させるというネガティブな効果も存在することである。

外国貿易の獲得に国家的な努力を集中していること*5、外国の資本家の資力と影響力によって一国の経済構造が支配されていること、そして外国の変化する経済政策によって自国の経済生活が大きく左右されることなどが、国際平和を守り保証しているとは思えないからである。

もし「資本の逃避」として知られている現象が止められるならば、賢明な国内政策を立案することは容易になる。

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付録

財政法第五条

すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。

日本銀行における国債の引受けは、財政法第5条により、原則として禁止されています(これを「国債の市中消化の原則」と言います)。

これは、中央銀行がいったん国債の引受けによって政府への資金供与を始めると、その国の政府の財政節度を失わせ、ひいては中央銀行通貨の増発に歯止めが掛からなくなり、悪性のインフレーションを引き起こすおそれがあるからです。そうなると、その国の通貨や経済運営そのものに対する国内外からの信頼も失われてしまいます。これは長い歴史から得られた貴重な経験であり、わが国だけでなく先進各国で中央銀行による国債引受けが制度的に禁止されているのもこのためです。*6

*1:by 松尾匡

*2:おおよそですが、①③は景気後退・停滞期、②④は景気拡大期になります。

*3:2012年度末→2016年度末で+102兆円

*4:実際、量的・質的金融緩和によって企業の資金余剰は解消されませんでした。

*5:[引用者注]「観光立国」がこれに当たります。

*6:日本銀行「教えて!にちぎん」より。